Vol.46:プロローグ2

「――ですが、MOTHERならば、ブラックボックスの中身について、全てを把握している可能性が高い。試用機であるアンドロイドたちの統括個体として設定されているからには、彼らの動きから逆演算も可能でしょう」
 それで、皆がはたと、動きを止めた。MOTHERに関しての命令には、ある条件を満たせば、巨大な権限を発動できることを思い出したのである。
制御体作成マザー・パイロット計画において、非常停止命令の他に、命令権限が預けられていたが。その権限がまだ生きているのか?」
「エメレオ・ヴァーチン氏がエントのエージェントによる最初の暗殺未遂の危機を脱した際、MOTHERに対しての命令権限をまだ持っていると保安局に対して発言されました。一昨日おととい夜、実際にその権限を発動させ、アンドロイドのTYPE:μミュウを緊急に護衛として起用したため、念のため権限者のリストにチェックを入れたのです。結果として、まだアカウントが生きていることが判明いたしまして」
「では――確か、絶対命令の条件があったな? それを満たせば、ブラックボックスの開示も可能ということか」

「命令権リストの七十パーセント以上の賛同。そして、裁判長の命令です。この割合を超える賛同者がいれば、MOTHERの最高セキュリティレベルの情報でさえ、関連者以外への開示を命じられます。しかし、この場においてコンタクトが取れたのは、二十名のリストのうち、十三名ということで、六十五パーセント。残るリストの七名のうち一人は、エントへ亡命したウォルター・バレットのため、自動的に欠員。そして他五名は、試用機プロトタイプとMOTHERの運用施設の幹部ですが、現在、対都市兵器の陽電巨砲グラン・ファーザーを起動するため、エネルギー供給の調整と準備で手が放せません。このあとも作戦終了までは全員対応不可とのことで、このメンバーでは人数条件の達成の目処がつかない」
「――あと一人は?」
「エメレオ・ヴァーチン氏です」
 溜息が画面のあちこちから漏れた。
 エメレオ・ヴァーチンはよくも悪くも開発者だ。優れた技術者ゆえの頑固者。究極の迷信信者でもある。
『僕の白き神が示した日付だ。この日よりあとにも先にもなりやしない』
 そう言い放った人間が、こんな命令に賛同するものか。
「――今日を入れて、あと、たった十日だ。それも待てないという、国防省の危惧も理解できるが、最低限の安全基準は現時点でもクリアしているだろう。それでも不安だというのか」
「これが満たせるならば、今後向こう五年の軍事開発に関する研究予算、設備投資等について、色をつけてもよい、と、国防相は申しております」
「……それはまた、大きく出ましたな」
 低く、カクタス・マクヴェンが発した。提案に色気を感じた証拠だろう、少し感心の気配が声に滲んでいた。
「つまり、どういうことかね?」
「今回、皆様に承認をいただき、当日必要な認証キーを送信いただければ――」
 男は一旦言葉を句切り、舌で唇を湿らせた。
 
「――あとは、エメレオ・ヴァーチン氏は、我々の手で頷かせます」
 
 力ずくでも。
 そう、乾いた声が告げたのである。