Vol.48:一章-2

 ――先日、シンカナウスに侵攻すると同時に、港町の広範囲を焼き払った敵国エントの新型兵器、α-TX3。便宜的に広域殲滅兵器と分類されたそれが、はるか沖合に、今もいる。 
 我が国、シンカナウスの新戦力である戦闘型アンドロイドたちの奮闘により、最低三日の機能停止状態に追い込まれたというが――、より恐ろしいのはどちらなのか、兵士には内心区別がつかないでいた。
 
 戦闘型アンドロイドは、敵国の浮遊戦艦二十七隻という大戦力をたった二十四機の小隊規模で翻弄し、さらには押し留めたという。硬質装甲のα-TX3さえ、搦手とはいえ復旧が必要な状態に持ち込むほどのポテンシャルだ。一.五テラワートスという出力にすら耳を疑った。町単位で地域に配されている高出力型の小型発電機一基分が、人の形に凝縮されて動いているということだ。プラズマ兵器を扱うためだというが、暴走すれば国が滅ぶだろう。その機動性と破壊性能が叩き出した戦果を耳にした時、エメレオ・ヴァーチンという男は、何というものを作り上げてしまったのかと戦慄した。
「人間の感情を宿した人型兵器なんて」
 兵士はぽつりと呟いた。

 サエレ基地に帰投してきたアンドロイドたちが、兵士たちの不躾な視線と口さがない話に晒された時の痛々しい様子が脳裏をよぎった。
 ――いっそのこと、感情を宿していない方がよかった。
 いざスクラップにするかもしれない時に、彼らの恐怖や絶望なんて、機械だとしても見たくなかった。潰す側の良心を痛めるような、そんな機能など、初めからない方がよかったのに。
「――おい、土地をすぐに空けろだとよ。デカブツが今にこっちにやってくるぞ」
 そんな声が耳に入り、兵士は顔を上げた。ざわつく駐屯地で、慌ただしく他の者が被災者たちを別の場所に移動させ始めた。
「デカブツ?」
「――グラン・ファーザー。陽電巨砲、いわゆる崩壊砲撃さ」
 友が隣で肩を竦めた。
「……!」
 市街地だぞ、と叫びかけたが、もう既に焼け落ちた場所に設置するのだから、全く問題はないのだ、とすぐに気づいた。
「上もなりふり構っていられない。使えば前方が百年まっさらになるかもしれずとも、やるしかないと腹を括ったんだろう。――撃てば核消失が起きる。放射線も大量に出ると予想されている。防護スーツと酸素マスクを身につけろとのお達しだ」
「……北にも、あの巨大兵器が侵攻してくるんだよな」
「そうだ」
「あっちにも、グラン・ファーザーが出るんだよな」
「……ああ」
 α-TX3の破壊光線とはわけが違う。あの光線は超高熱を伴う質量破壊兵器だが、グラン・ファーザーの砲撃は崩壊砲撃と呼ばれる部類のものだ。
 陽電――つまり、反電気を発生させるあの砲撃は、同時に反物質界を砲撃範囲の中に作り出す。巻き込まれたものは世界から消失し、一旦、場はただのエネルギーが充填された真空になるとされている。この真空をただちに満たすべく、周囲のあらゆる質量が空間に吸引されるが、一方ですぐに物質界の『破れ』が働き、真空にはエネルギーの再物質化が起きる。エネルギーの急速な物質化は、宇宙の誕生を極小のスケールで再現し、凄まじいプラズマの暴走と水素・ヘリウムガスの生成、核融合反応を局所的に引き起こす。
 平たく言えば、世界からあの巨大兵器を周辺地帯丸ごと、原子レベルで消失させる、そんな極めて危険かつ殺意の高い兵器なのだ。ひとたび放たれれば、完膚なきまでに周囲を破壊する。さらに対象エリアは高レベルの放射線と放射能物質で汚染され、放射線に対する用意がなければ敵軍がまともに突っ込むこともできない危険地帯と化す。
 一旦全てを無に帰すのだから、硬質装甲をα-TX3が備えていても無関係だ。
だからこそ、破壊力がありすぎて使いどころがない、諸刃もろはつるぎだと、試験機が数台製造されたが、そのまま死蔵された広域殲滅兵器でもあった。
 動作原理を開発した技術者のきっかけすら、学生時代のエメレオ・ヴァーチン博士のアイデアだったというのだから、つくづくあの男は世界の災厄の宝庫といえるだろう。そこまで考えて、兵士は深い溜息を落とした。
 これほどの破壊能力を秘めた技術さえ、真理の探求の末に開発してしまった。――世界に存在してはいけなかったのは、もしかすると、自分たちの国そのものだったのかもしれない。
歴史の戦いを振り返っても、どんな建前を並び立てようが、いつも変わらない。たびたび他の国がこの国に攻め寄せてくるのは、敵わないと分かっていても戦いに挑んでくるのは、心から拭い去ってもなお消え去らぬ恐れと妬みゆえだ。それを無邪気な科学力と人間の力で真っ向から叩き潰し続けたのが、この国だ。
 人の心から恐れを、怒りを、憎しみを、妬みを拭えたならば。そんな仮定に意味などない。人間は自分より強いものを恐れる。怒る。憎む。妬む。そして滅ぼそうとする。誰であろうと例外はない。
 誰かの心に影を落とすのは、いつだって未来へ向かう誰かの姿なのだから。