台所から宇宙へ36

暦の上では大寒の季節です。やっと早朝の氷点下3~4℃に、身体も慣れてきました。残雪に覆われた野菜類は、自ら発熱をして雪を溶かし、更に凍結防止に糖を製造して生存獲得をしているのが野菜の色で分かります。自然界は本当に自主自律をしている事が、目に見えます。人間は、技術開発と称して衣食住の最新設備や情報に囲まれ、昔ほどは寒さへの対策を苦労せずに生活をしていますが、山間部の農家の方は結構薄着姿で農作業をされています。「寒いですね。」と言うと、「まあ、今日は暖かいほうよ。」とさらりと言われ、丸々と防寒着を着ているのが少し恥ずかしくなる次第です。街育ちの者とは違い、すでに身体の仕組みが違うのでしょう。それは、お飾りが降りると直ぐ田や畑に出られてよく働かれています。

さて前回の井戸水事件以来一応落ち着いていますが、「水脈」と言う言葉が頭によく浮上してきます。そんな折、隣接している人口二万五千人程の市内全域を視察する機会をえました。市の面積は430平方キロメートルの海抜50~1350メートルほどの南北に長い市です。市の77%が森林にてその山間部と高速道路や主要国道沿いに農地があり、周辺地域からの就労で第三次産業がほとんどで、二次産業が人口の15.6%で一次産業は人口の5.6%で農業が営まれています。

東西南北と市の全域を網の目のように見せて頂きました。雪が少ない日に谷あいを走りますと、日本昔話に出てくるような茅葺や茅葺のトタン屋根が点在をしており、田の畦や斜面は綺麗に草刈りがされていました。これはお正月に向けて手入れをされているのかと思いましたが、実は地元の方が刈払い機で何時も全て綺麗にされていると市職員の話でした。山奥へ行けば行くほど、急こう配の田の斜面は刈り取られており、見事な景色です。どんなコツがあるのか一度聞いてみたいと思うほどでした。刈り取られた草は放置などされておらず、春の芽吹きを待つ棚田景色になっているのです。そして、山あいの田や畑の真ん中には、紙垂を施した榊が立てられたり、小さな祠が祭られてありました。思わず神農様を待つ早池峰山の風習が思い出され、常に綺麗にされているところは神様が宿る農業をされているものと実感をしました。そして、山間部で暮すという事は「覚悟」があるという人の生き方を、田畑で見せて頂きました。

一変して暗い何とも言えない波動の山あいに入ると、突如として大型堆肥工場が出現をします。その道中は不法投棄禁止の看板が目立ちます。更に埋立処分場など出現します。この市は人口が減ると共に埋め立てゴミの数字は増加しているそうです。また、そんな谷あいの田畑は獣害柵が張り巡らされており、畦の草刈りも雑にみえるのです。別の場所では、鹿の群れを目にしましたが、綺麗に刈り取られている田はよけて山岸を走っていました。動物なりに住み分けはするみたいです。

やがて市の中心部に入りますと、草は刈られているのですが、山あい程綺麗という感覚が無く、何故か体がしんどくなります。どうしても市街地に近くなると「欲」の農業に感じられてきます。市街地は交通の便も良い為、作付け収益の計算が高いのでしょう。また、農業指導も行き届くのでしょうから、周囲全体がそんな空気を醸し出しているように感じます。

今回ほとんどの農道をくまなく走りましたが、近年補助金と言う制度で農道の整備は進み、道路の道幅と整備状況で農業規模が見えるという事を知りました。勿論、山土の軽トラが一台入る位の農道も健在です。そんな場所は、こんな地形の山あいにでも農業をされるという事に、日本人の開拓魂は凄いものと思いました。また、道幅の広い山あいは突如として、大型農場が出現をしてビックリします。行けども行けどもぶどう農園でしたり、景色が変わるとソーラーパネルの一団が出現します。また、今は使用されていないライスセンターが放置されています。ここでは、過去、現在、未来が混在しているように感じます。さあ、これから人口が減ってゆく中、今流行りの移民やロボットという対策以外にもっと根本的なことに向き合う事が迫られているように思えます。

市全域をまわっていると、神社や村社よりもご神木や歴史的書き物がある杜の木などかなり樹齢のある木々に出会いいました。という事は木々のネットワークがあるはずです。そして、その下には水脈もあるという事になるのではと。暫く、このことを調べてみようと思いました。そして、最後に通りかかった地域で自伐型林業と思われる現場に出会いました。集落のほとんどの男の方達が道で伐採作業を見守っているのです。現場の作業はほとんど若い青年と思われる人材で、道作りから伐採、建材へと思われる寸法に形成、大仕事が終わったところへ遭遇したようです。久しぶりに自伐型を見て、更に地域の人に見守れて切られる光景は日本の原風景に思えます。そして、その山肌は水分が十分あるように見えて嬉しかったです。実は、色々と山間部を見ていると、水が無いことに気がつきます。勿論、降水量が少ない季節ではありますが、ほとんどと言っていい程ため池に水が少なく、山肌がカサカサに見えます。また、細い湧き水筋すら出会えないのが心配です。そういう意味では、山の上に有った冬水田へ久しぶりに出会ったときは、何故かほっとしました。水の有難味と冬水田による生物の育成に、今一度目を向けてみても良いのではないでしょうか。その為には、田畑を綺麗に手入れして、おまつりをする精神を戻し、農地に向き合う事が日本人らしい姿ではないでしょうか。