台所から宇宙へ32

山頂の雪は、西へ西へと現れだしました。山脈沿いに日本列島を南下しているようです。日中の太陽で少し雪は溶けますが、日に日に白い色は増えているように見えます。この時期、風仕事といい漬け物用の野菜を干す姿が登場します。冷たい風に晒された野菜は、鷹の爪、柿やみかんの乾皮、ニシンなど、色々な組み合わせにより、樽の中で塩と重石で静かに醗酵されていきます。後は、人間が静かに待つのみです。やがて、一週間、一ヶ月と時を重ねるごとに、味の変化が冬の寒さの食卓の話題に上ります。果報は寝て待てと言う諺のように、時と共に醗酵の深みが楽しめます。

さて、子育ては口や手を出さずに、静かに待つ事ができにくい親御さんをよく見かけます。自身の子育ても同じでしたので、ひと年たつと親と子供の関係がシーソーのように、反転がはじまると、親の反省期が始まりました。その後、反省を踏まえて料理教室において、その子供さんにあったように待つことを主軸として営みました。教室へ入るなり、もじもじ君やイライラ君、また承認欲求の強い子どもさんは喋り続けるなど料理を始めるまでにかれこれ三十分はかかります。それでも、一人、また一人と落ち着き最後の子供をみんなで待ち続けますと、やがて全体が落ち着き始めやっと包丁を持つ事が出来る状態になります。

次は、食材を見て何が作れるか、または作りたいものを連想します。ご家庭によって料理に使う食材は色々ですから、情報交換にてその家の食卓事情がよく見えます。メニューの提示はしますが、時には、同じ食材でも料理名が変更になります。但し、好き嫌いの材料は、子供同士で採用が決まりますが、この嫌いな材料については、スタッフサイドで作り、味見をしてみると意外と採用されます。よく、食が細く家では食べないけど、教室の料理は美味しいと子どもが言うという報告を貰います。特に野菜についての報告が多いです。この食材の野菜ですが、全て畑で揃えばいう事はありませんが、市販の物でもSEKI塩や秘積水で丁寧に扱えば、ほとんどの場合子供は喜んで食します。

また、火の調整や味付けなど、初期の頃はその都度スタッフに必ず「してもいい。」「いれてもいい。」という許可をえる会話になり、石橋をたたく子が多かったのです。その事により、どんな料理に出来上がってものその子の作りたいように、させてみました。年を重ねるごとに、自発的に加減をするようになり、今では次回のメニューの要望が出るようになりました。そこに至るまでには、SEKI塩、シンキングソルト、司塩、聖別オイルなどのハタラキは絶大でした。そして、食材や調理過程で、物として扱わず、対話をすることを基本にしています。やがて、その子の能力によって、次なる発見を子どもたちはしてゆきました。伸び伸びとさせてもらう事により、料理は何時も完食、さらにはおかわりとなり、時にはピアノを弾きたい子が多く、その子その子の音色で味が違う事も子供同士で発見をしました。波動刀の登場も目を閉じていてもわかるのです。体がスーッとすると表現をします。そんな時を経て、中学生になると料理作りとともに、人生進路の会話や一人暮らしの為をテーマに料理の組み立てをするようになりだしました。

さてここで一番大切な事を、もう一つ柱にしている事があります。それは、お月謝袋の手渡しです。入室時は、子どもとスタッフの目を見て手渡しをします。それは、その日の子どもの状態が分かる為です。もう一つは、退出時に子供と約束をします。お月謝袋を両親に渡すときは、料理教室へ行かせてもらう事への感謝のお礼を言う事です。両親あっての自分である事を自覚するためであります。この一言が、どれだけご両親の態度が変ったことでしょう。はじめは、普通のお稽古ごとのように思っておられた様ですが、次第に協力的になり、菜園やプランターなどの協力が得れるようになりました。そして、年々親子関係が変わり始めていきます。

子育ては漬け物と同じく、発酵の時を共に待つことが一番大切と考えます。食材は自ら発酵が行われ、漬け主は時を待ちながら静かに見守るだけです。この見守るが難しいのですね。やはり子育ては自分育てにつきます。