この国の季節の移り変わりは鮮やかで、先人たちはこの四季を楽しみ、季節に寄り添い、心身穏やかに暮らしていました。久しぶりに、暦へ目が止まりますと二十四節気の小雪とのこと。雨がそろそろ雪に変わり始めますが冬本番には至らず、「朔風払葉」(きたかぜ、このはをはらう)のごとく木枯しが吹き始めました。落ち葉が積もり色々な色の落ち葉が仲良くカラカラとかけっこをしています。木の葉は風に追われ、まわるくなったり、鬼ごっこのように追いかけたりと、見ていると飽きないものです。この木の葉と一緒に暫くは遊び、子供心に戻れる時間は、嬉しいものです。そして時折、山からは白いものがチラチラと降りはじめました。
今年は、秋が長く寒暖差がゆっくりと進み、楓も銀杏も鮮やかな色から赤朽葉色や黄朽葉色へと、季節を味わう時間が長く感じました。少し、昔の季節の流れに時が沿うようになったのでしょうか、それとも人生の時の味わい方が変わったのでしょうか。そのような中、ゆっくり山を眺めていると、自然林の景色に一部人工林が見える姿はちょっと違和感を感じる今日この頃です。朽葉色の自然林の中に、所々緑の濃い桧や杉が見えますと、何故か体に違和感を憶えるのです。そして、よく見てみますとその緑の合間や端には、小さな灰色のコンクリートが見えます。それは、砂防ダムでした。多分このコンクリートにより土中の通気透水が崩れ、山の呼吸バランスが乱れ、その様子が体へ違和感として伝わっていたのかもしれません。
天と地との交わりの動きのなかで万物が生み出され、その生み出されたあらゆる要素により生じた生物。その中に人間もおり、自然界と同じ法則によって生じて活動しているのが、この体です。人体は小自然(小宇宙)とも言われ、自然界の秩序はそのまま人体の秩序と言われているので、その違和感はあながち間違いではないような気がします。そして初秋より「ジカイゲンショウ」という言葉が脳裏に上がり、暫くこの言葉に囚われ時を過ごしていました。
よく山の中へ車を走らせますと、人の手が入りその後放置気味の場所は、山が荒れています。倒木が多く、倒木による岩肌の崩れや土石崩れにより車道も走りずらい状況です。みず道が増えて、降水量次第で、山肌の崩壊箇所は増えます。おまけにそういう場所は、「熊出没」の看板がよく目につきます。また、ソーラーパネルの設置に伴い、動物の餌獲得のための移動が進み、棲家もこのまま行けばどんどん従来の生存域は変わり、動植物も消え、地形の変形で動植物の本来の生息しやすい状況は消えつつあります。ただ不思議なことに、今年はお陰なことでこの地域での熊出没情報は少なく、燻の煙を焚く回数も少なく、よく観察をしますとドングリや柿が豊作であり、里までは降りずに冬支度をしているのでしょう。しかし、東北では毎日のように熊による事故情報が聞かれました。まさに自然界は、秩序の崩壊という自壊現象が始まっていると言っても良いのではないでしょうか。
そして次に、人間界では目まぐるしい世相の動きに対応が難しく、意識と体の乖離から体調を崩しているという状況をよく耳にするようにまりました。人間の生活環境では毎日、テレビの情報もしくは携帯の情報での暮らしの中で、仲間との会話が食い違う場面が増えており、歳の所為という人もおれば、顔として意見を譲らない方などの話をよく聞くようになりました。そして、いつの間にか病院通いに明け暮れているという情報を耳にします。人との関係や縁が薄れていく様子が増えているように見受けられます。そして次なる居場所は、病院の待合室です。そこには、診察待ちや会計待ちの人の渦の中で、静かに携帯を操作する人、携帯から流れでる議員の応援や悪口を呟く人。待合のテレビにただ目を向け呼び出しのアナウスを待つなどと、病人のための静かなる空間は感じられません。更には設置された端末機が追い討ちをかけて、待合室は磁界の空間です。ニワトリが先か卵が先かでは無いですが、身体の自壊と空間の磁界とで「二乗ジカイゲンショウ」とも見えます。
これを機に、脳裏にあがる「ジカイ」についてふと文字調べをしてみました。
「自壊」「磁界」「事解」「持戒」などあり、
自壊:外部からの力ではなく、内部から自然に壊れたり崩壊をしたりすること。
磁界:磁力が働く空間(磁力線の密度が、高いほど磁界は強い)
事解:事を分けて事態を収集させる。一言で解決すること。
またコトサカとも言い、事解男命=黄泉津事解之男の神様で、現世と死後の世界との境界神的な性格を持っており、道を定める神格を有しておられるとのこと。
持戒:仏教用語で、仏教徒が守るべき、自分を律する内面的な道徳規範のこと。
どちらにしても生きてゆく上で、見受けられること柄であり、気がつくと壊れていく方向性と修復してゆく方向性への二面性をもつ言葉としての「ジカイ」でした。言葉に囚われ本能的に重い気分になり時間を使いましたが、このジカイという恐怖心と直結している回路、思考クセを自覚できた事が何よりです。言葉ひとつで、身体の変化を左右する。思い気分から、知ると言うことで楽になりました。日本語のもつ一つ一つの意味を、意識や行動において、丁寧に積み重ねて生きる事を本当は知っており、楽や欲に流されやすい日常を、意識して律するための内面的規範を維持し続けることは必須であることを自覚していた民族だったのではないでしょうか。そして、宇宙へも繋がる仕組みを知っていたのではないでしょうか。
よく「音、色に心あり」と言われますが、先人たちは自身を律する方法として、日常の景色、季節の色へ心を写す鏡として使い、豊かな暮らしを営んでいたことでしょう。今では科学により、全ての目や耳に入る周波数は、波動として脳内で整理されていると分かっています。後は律するという方向性の意志を、いかにして持ちつ続けるかなのでしょう。それには、「なんで今生きているか」の問いとセットで歩むことでしょう。
今回、自身の不完全な波動おも受け入れてくれる自然界に、そして心を映し常に光を照らしくれる自然界へ感謝しかありません。今夜は今年最後のスーパームーンとのこと。旧暦で営まれていた日本では、月をとても大切にして様々な祭事を行い、太陽の動きと併せて、季節の趣きを堪能してしてきたとのこと。では、凛とした空気の中のお月様に、これからご挨拶へ行ってきましょうか。
