台所から宇宙へ62

元旦は、朝日が拝めて良い年明けとなりました。午後より雪に変わり、一夜にして真っ白な銀世界へとなり、翌朝は、真っ白な雪へ南天や千両の赤い実や緑の葉が、より映えてお正月を彩ってくれました。また、新年最初の来訪者は、雪に足跡を残した猫の様です。

そして、今日は「小寒」に入り「大寒」へ向けてのウオーミングアップかのように、雪解け気温と山から吹き下ろす風により、体感温度は低く感じます。雪は降っても温かいのですが、雪溶けへと進むと一気に体温は奪われて寒いことを実感します。その中、畑の野菜は葉先から雪を溶かし、次第に成り姿を現すにつれ、元気をいただけます。

さて、年末年始に喜びを運んできてくれたピアノの前を通ると、男女問わず誰彼とはなく一音、二音と鍵盤に触れる事が増え始めました。まるで、子犬がやってきた時のように、動きのある空気が建物を覆い出しました。訪れた子供たちは、ピアノを辞めて十年近く経つものの感覚が戻り、2時間ほど鍵盤へ向かう姿や、また他の子供は今や便利なアプリに表示される鍵盤誘導の画像で指を動かしてみたりと、ゲームに明け暮れる日々から久しぶりのピアノの音色に引き込まれた様子です。また、自閉傾向の子供さんも鍵盤から離れず、我が子にこんな面があることへ親御さんはびっくりされました。そのような中、調律師さんとピアノの面会で、色々なことがわかりだしました。

少ない情報の中、大阪から引越しをしてきたとは聞いていましたが、リフォームに伴い引取り手を探していたところへ、ご縁をいただきました。四十年ほど弾かれてない様子とキャスターもサビが見受けられるので、心配をしました。やがて、大晦日に様子を見に調律師さんが来られ、ピアノというのは必ず調律記録歴があるとのことを知り、ピアノの履歴がわかりました。それには、製造後初調律が昭和三十八年十二月二十八日と記されており、大阪の三木楽器株式会社で販売されたものと判明。翌昭和三十九年といえば、東京オリンピックの歳で、高度経済成長期の時代です。購入から二十年ほどは定期的に調律されており、その後四十年という歳月には記録がありませんでした。すべてのパーツが木材で作られおり、とても硬い木が使われているものでした。更に、二から三Hzほど下がりいくつかの音の調整が必要でしたが、製造初期に定期的に調律されているためピアノ自体が音の確立を保持しているとのこと。おまけに、調律歴の中に調律師さん(七十代にお見受けします)の調律学校時代の先生の名前があり、ピアノよりこの履歴の価値を教えてくださいました。とりあえず、ピアノがこの地に慣れるのと調律は年明けてからということになりました。

はじめてピアノが来た日に感じたのは、来るべきしてここへ来たという感覚です。むしろ、ピアノが逃げてきたと言っても良い感覚です。それを確信し始めたのは、イコンシールを貼りはじめてからです。その夜は、ピアノからでるエネルギーで体調を崩すほどでした。やがて「ピアノに意志あり。」という反応を受け、実験の開始です。

シンロジー オーディオのシールを貼りました。

貼る前:手首が硬く、音も硬い響きの鈍い状態。

添付後:手首が勝手に柔らかく成り、自然に指が動き、音がコロコロ

と軽やかに変わり出しました。 (2名で確認をしました)

やがて、日に日に弾くに連れて音に響きが増してきます。更に、数音のうち二音が正常な音に近づき始めています。弾けば弾くほど自らが、調えている様子です。「ピアノがなりたい音になってね。」と。例えばズレているドの音と他のドの音を鳴らし、共振させてみたり、ズレている音だけをなん度も鳴らしています。その結果、弾けば弾くほど響きが出て音も変わってきています。

今思えば、ズレてる一つの音だけを聖別してから変わり始めています。ピアノ自体がまず全体を聖別して、それからズレてる音を一つずつ聖別して欲しいと望んでいますので、次回はその聖別後へ。