ビックバンを思わせるような勢いのある固形種が、寝かせておいたボウルの中に登場しました。卵みたいな丸い球体には地割れのような無数のヒビがあり、むしろ恐竜の卵の孵化寸前という景色とも言えるでしょう。しばらく、孵化をするのかもと錯覚しながら眺めては、この種の球体の中へ冒険しに行ってみたい気分になりましたが、次の行程が待っています。
行程では、ヒビ割れはどうも成功のようでした。さあ次は、種から酵母おこしです。つまり、酵母菌が生きて働きだすかの瞬間に立ち会います。ここでも材料はいたってシンプルな種と水だけで、常温で数時間後に小さな泡が出てくれば命の誕生です。気持ちは、そーっとしておくことなのですが、気がつけば覗きに行く回数の多いこと。つまり、産院で赤ちゃんのお産を待つ廊下の家族の気持ちみたいなものでしょうか。やがて、2時間近くたったころ透明容器の内壁に小さな小さな気泡が見えだしました。嬉しい反面気を許すことの無いよう、「どうぞこのまま進まれますように。」と祈るのみです。
やがて、3時間が経過した頃、液の水面にも気泡が次々現れ始めました。思わず「ありがとうございます。」とご挨拶をしました。すると、益々張り切り出して大小の気泡の誕生です。5時間後には勇気を出して、容器の蓋を開けてみることにしました。香りの確認です。
「どうぞ、カビ臭くありません様に。」
蓋を開けた瞬間、ふわーっと爽やかな空気が広がり、かすかにリンゴに近い香りがしました。これは、まさに酵母菌が働いている証拠です。後日、積先生に酵母菌を見て頂いたところ、始める前に「積司菌を起こしてよ。」と言われていたものがどうやらできていたようです。そして、この積司菌を観察しますと大きな光の玉で胞子が隠れる位の光の量でした。例えを変えると、全てを飲み込む世界と表現したらよいでしょう。つまり、全てを包み込む光で、神の意志を宿している菌が、この地球上に2018年誕生したのです。
次は、この酵母を使ってパンへと焼きあげます。ここでもパンの知識が無いこともあり、通常の材料と規定の計量で焼いてみることに。焼けない事はないのですが、今一市販のパンほどの柔らかさが無く、乾燥肌にて次なる試行錯誤をします。しかし、焼けば焼くほど、パンと対話をすればするほど、不思議な事に材料がここでもシンプルになるのです。砂糖や油脂の銘柄も量も既存の方法で考えなくてもよいという結論になりました。つまり、人間心ではなく、パンの意志に沿い作られるのみです。やはり、種の時と同じで、自主自律のプロセスを踏むのでした。が、しかし焼きあがったパンには光が宿っていませんでした…。
そこで、この先のプロセスは、パン教室に通っていた会員へ託すことにしました。