例年より日差しの強い日々が続きますが、畑は粛々と命を全うしている様に見えます。今年は特に日照りが強く続くようなので、草刈りも余り短く刈る事をすすめないと、植物たちから伝わってきます。その証拠に、水路の山水が今年は少ないです。冬の雪水がどこまでいただけるのか気にかけながら、夕立ちと相談をしての水やりで過ごしています。夕方の一雨は、本当に天の恵みと感じるほど作物は活き活きと立ち上がり、人の体のほてりをも取り除いてくれます。こんな自然の仕組みに、幸せを感じずにはいられません。
人生の中の点と歴史の証言
先月来より全米の不法移民問題による暴動から、今は関税問題とニュースでは目まぐるしい内容で空間を走っています。それと連動するかのように自身の頭の中では、インディアンが馬に乗り次々と立ち上がる光景が続きました。そして、不法移民問題や税というの問題はアメリカの何時か来た道として、最近やっと腑に落ちるようになりました。
アメリカンドリームを目指し、ニューヨーク(以後NYとします)という地に足を下した1999年、当時、三万円台(二泊込み)で渡航できた時代でした。そんな土地が、今から400年程前にたった24ドルで手に入ったNY。この国も今まさに、この状態のような気がします。
NYの土地の歴史を調べますと、考古学的には約九千年前と約三千年前に居住の痕跡が見られ、生態的にも海、陸共に豊かな資源に恵まれていた中で、インディアン部族の先住があり、独自の文化で営われていたようです。そして、ヨーロッパ人の入植以前から、同族インディアン間だけでなく他族との交易で商業の繁栄が見られるNYという土地のようです。また、文字は持たず言語での生活で、NYのマンハッタンという地名は、当地に居たインディアンのレナぺ族の言語が由来とされています。
1524年、フランス王の依頼を受けたイタリア人により北米探索の末に、このNYの海上でレナぺ族と出会っています。その後、イギリスの探検家(1600年設立オランダ東インド会社雇われ)によりマンハッタン島を発見し、1613年より今の貿易センターの地(9,11の場所)で、オランダの毛皮貿易の発展と共にヨーロッパからの移住が始まりました。やがて、オランダの入植者指揮官による不動産投資で、24$相当のガラスのビーズでマンハッタン島とスタテンアイランド島を手に入れたという一説があります。当時、オランダの60ギルダー分と物品交換されたともされ、インディアンには土地取引の文化が無く、その為この件は公正取引でないことがその後の入植者とインディアンとの闘いの中で浮き彫りにされました。
入植当時(1600年代)、オランダのビーバーの毛皮用加工の技術と先住民族の貝殻玉(ワムパム)の貿易商品で栄えていましたが、やがてビーバーの保護や貝殻玉加工技術による、貿易覇権争いがヨーロッパ人とインディン人の間で始まり、これより周辺地域のヨーロッパ人と先住民との間での戦いが徐々に始まります。やがて、入植者はイギリス、デンマークなどの拡大に伴い先住民族だけでなく、信仰の自由をかかげ入植したものの、移民間の背景にある一神教の宗派問題を、この地で様々な戦いとして変遷したのです。其の戦いの中にインディアンも組み込まれ、虐殺の繰り返しが繰り広げられます。
1700年代に入るとイギリスとオランダ共和国との戦いで、オランダの勝利によりイギリスと協定を組み、当時の価値ある植民地をお互いに交換をし、その交換して得たNYにイギリスは1788年新興国家アメリカ合衆国の首都を作ります。その後フィラデルフィアに首都を移し、1789年初代大統領誕生に至ります。
大統領誕生後も1800年代には、南北戦争となり移民が増えれば増えるなりに統治という問題は複雑になり、戦いは続きます。ふと気になり、この国と並行して見てみますと、1853年に江戸へ黒船来航。やがて幕末を迎え初めての内戦が、1868年から1869年の戊辰戦争です。そして、アメリカの内戦の南北戦争が1861年から1865年です。因みに、日本への東インド会社派遣の商戦が、1613年肥前国の平戸へ来ています。奇しくも1613年、NYにも日本にも、東インド会社が来ていた事になります。世界の大きな流れが歴史であるとやっと実感が出来ました。
ここまで見てみますと、アメリカのこの領地拡大の植民地問題と移民問題は、貴族社会中心のヨーロッパ社会を離れ、新興国家での成功を夢見た民が「アメリカンドリーム」と称してアメリカ大陸へ渡りましたが、ヨーロッパ社会問題が大陸に移動したように見えます。そして、先住のインディアンの精神性を破壊して、獲得をしてゆく方法は、日本語で表現をするならば、「土足で他人の家に上がり込む」となるのでしょう。そして、今も繰り返されている不法移民問題とは形を変えて、歴史は繰り返されていると見えます。その繰り返しの奥に、お金と言う闇が隠れ、永遠の欲の姿を見せられている様に見えます。
今回、インディアンの方のビジョンは、「目には目」という復讐の姿ではなく、インディアンとしての神から預かっているアメリカ大地を取り戻すという深い愛のエネルギーを目の奥に宿している姿でした。胸の奥から何か湧き出る感覚になり、共に歩かせて頂くという思いに至るのでした。
