工場ガイドを務める責任者は、
「ここで皆さんバロスの話がでましたが、このバロスについてはちょっとした面白いというか興味深い逸話があります。少し工場見学から脱線してしまいますが、聴いてみたいようでしたら話しますが...」
と言うと、アネモイがすかさず、
「はい、私、聴きたいです!お願いします!」
と返した。責任者は、
「わかりました。この話は講習とは何ら関係ありませんし、作り話と言われていますので聴かなくても結構です。まだ工場見学をしたい方はそのまま見学を続けてください。」
と話した。しかし、訓練生は皆興味深そうにその話に耳を傾けた。そして、責任者は話を始めた。
「その話とは、バロスがどのように発見されたか、正確にはどのようにして作り出されたかというお話です。もちろん真偽の程はわかりませんので真に受けないでください。
それは、大昔の話です。もちろんメテオラのような乗り物がありもしない時代で今よりも精神性の劣った時代だったでしょう。ある博士がバロスのような反重力についての研究をしていたときの出来事です。博士はこの反重力を発生する物質を生み出すために、この星にあるすべての元素の組成や性質を徹底的に研究していました。そして、それら分析結果から新たな物質を作り出し重力に対しての反応を観察しました。あるときは真空中での落下速度の実験を行ったり、またあるときは各種の波長の光やエネルギーを照射し重さの変化などを観察したりと、新たな物質を作っては実験を繰り返しました。しかし、考えられるありとあらゆる組み合わせで実験を重ねても変化は認められませんでした。博士はその研究を一生涯続ける覚悟で人生を捧げてきましたが、結局、何の成果も得られませんでした。時は過ぎ、万策尽きた博士は歳を取り、実験室では測定器上に乗っている鉱物をただ見つめるだけの日々が続いたそうです。そして、もう研究を断念しようと博士は考えていました。そんなとき博士は思考停止状態で何も考えられずに測定器に乗っている鉱物が上昇する様子が心の中で浮かび上がったそうです。その時、ほんの僅かに重量測定器の値が小さくなったのです。博士はその瞬間驚き我に返りました。そして、もう一度同様の現象が現れるように念じましたが再現しませんでした。博士は気のせいだと諦めましたが、数日後同じように鉱物を眺めていたとき、再び同じ現象が再現したのです。博士は何がきっかけで再現するのかを研究し始め、それが人間の精神面に関係することが分かったのです。ただし、なぜか欲など邪念をもって思いを伝えるなどすると再現しないことまで分かりました。それから博士は自分の内面を研究し始めました。それはある意味精神修行のようなこともしたのでしょう。そして、安定して鉱物の質量を変化させるすべを知ったのです。そこから多くの鉱物を試し最も反応の良いものを見つけ出しました。しかし、それでもあまりに小さな重量の変化のため博士は考え続け一つの仮説を立てました。もしかすると多くの人間で行えばもっと変化が出るのではないかと。博士は助手や知人を集めて博士の指示のもと実験をした結果、仮説通りの結果が得られました。しかし、そこには予想だにしない現象が現れたのです。数名でこの実験を行った後の鉱物に博士一人で同じことをしても数名で行ったときと同じだけ質量が小さくなるのです。それから博士は実験のため民衆に嘘の情報を流します。この鉱物は民衆の皆さんの思い次第で浮上しますと。もちろん民衆の浮上するイメージで浮き上がることなどありません。博士はあらゆるトリックを使い民衆の前で鉱物が浮上するようにマジックめいたことなどをしていたのです。民衆は騙されこの鉱物は浮き上がるものなのだと思い込まされ、それを民衆に何度も繰り返して披露しました。博士はその後民衆の前で使用した鉱物を再び博士一人だけで浮き上がるイメージを向けると以前の数万倍も質量が変化したのです。さらに驚いたことに別の場所にある同じ鉱物までもその性質、つまり数万倍の質量変化という性質が移っていたのです。波動転写とでもいうのでしょうか。同じ元素をもつ鉱物同士が波動共鳴し同じ性質を宿したのです。博士はその性質をもった元素を鉱物から見つけ出し精製していきました。そのようにして集められた物質が私達が利用しているバロスなのです。
という逸話です。如何でしたか、この話は誰かが作り出した話だとは思いますが、ある意味波動の性質を物語っています。思いが物質に影響するということを。しかし、このように多くの人間を使って思いを集中させることは危険なことです。この星では皆さんもよくご存知のこととは思いますが、こうした共同幻想には闇の力が作用するため、この星では行うような人間はいません。この話が本当か嘘かはわかりませんが、バロスがこの星の人間の精神性や社会環境を大きく変えた物質の一つであることは事実です。」
責任者のバロスの逸話が終わると、
「話が長くなりましたが、それではこれから皆さんにはメテオラ製造の詳細なレクチャーを受講していただきますので、カンファレンス・ルームに移動してもらいます。」
と言われ、訓練生は工場現場から移動し、責任者他各部署の担当者による講習へと移っていった。こうして数日間のメテオラ工場での講習と実習のすべての工程を訓練生たちは終了していったのである。