88.物語の終わり

 店内には数名の個人客はいたが、私達と入れ替わるように去っていった。私は店の中を軽く見回し他に客がいないのが分かり店内を自由に見て回った。店主の話では、ここの本は自分の気に入ったものや知り合いから推奨されたものだけを置いているという。

 あのときのような隙間なく古本でいっぱいだった幻の古書店とは違って真新しい本が綺麗に並べられていた。本はそれほど多く置かれているわけではないが、その分本棚の所々の隙間に写真や絵、小物が飾られておりとても良いセンスだなと感じた。そして、店内に流れるジャズが邪魔にならない程度に流れ、それに混じり合う珈琲を作っている器具や食器の音がとても居心地良かった。

 この店ではメジャーな小説や話題の本より、あまり知られていないが一見こころに響きそうなタイトルの小説や詩集、エッセイ、または哲学的な本、その他絵本や写真集などが置かれていた。実際にいくつか手に取り軽く目を通したが、とてもいい内容の物ばかりで私は、

「なるほど、店名にふさわしくとても素敵な本ばかりだ。」

と呟きながら、ここにも店主のセンスの良さを感じた。

 私は二十年以上前にここで出会ったあの幻の古書店のことを思い出しながらも、同じように本棚をゆっくりと奥に向かって見ていた。

「この辺だっけかな、あの本があったのは。」

と私はぼそぼそ言いながら、ちょうどその場所らしき棚で一冊の本に目が止まった。本の厚みがあのときの古本と同じだったことや珍しい題名でつい手に取り無意識に本の真ん中あたりから開いた。そのとき、そこに書かれていた一文が目に飛び込んできた。

「...人間というのは身体を持った存在の間しか、精神は成長しない...」

それを見た瞬間、私は時間が止まったかのように思考が止まった。そして思わず、

「あ!あった!見つけた!」

と私は声に出していた。全く予想だにしない展開に私は少し興奮し体が熱くなった。そして改めて本の表紙を確認すると、そこには大きく、

『最終知識』

と、書かれていた。

 2025年、私は二十年以上の時をかけて、やっとこの本に出会えたのだ。この思い掛けない出会いに、奇跡と言うより導かれていると私は直感した。そして、当然即この本を購入したのだ。

「もしかしたら、この本を読む時が訪れたため出会えたのではないだろうか。」

と、私のこころの中にそう感じさせるものが伝わった。

 それから私は時間をかけ何度も何度もこの本を読み返しそのたびに発見があり、私の中ですべてが腑に落ち納得していった。それは自分のこれまでの経験や思考があったからこそ納得いくものとなったのだと思った。でなければきっと理解できる代物ではないと感じたのだ。

 この世の中の目には見えない精神界のことやあらゆる意識体の存在を知り、そして人間とは人生とは何なのかと言うことを知った。とてつもない潜在能力を秘めた人間、そして、その能力によって作り出された世の中に対し、大変なところに生まれてきたものだと思った。しかし、だからこそ精神の成長が見込めるのだとも思った。知ってしまったからには後戻りはできない。私は前に進むことを今更ながらに覚悟していた。
 そして、さらにここで知った「浄化と上昇」というものを毎日繰り返しているうち、禅寺での不思議な坐禅体験の感覚と同じ上昇が出来るようになっていたのである。あのとき水墨画から現れた住職は私達夫婦に本当の坐禅、否、「浄化と上昇」というものをあらかじめ体験させて下さったのではないだろうかと、私は改めて住職に深く感謝した。

 こうして月日がたち、ここから新たな人生が始まっていった。私と宙美は同じ目的があってこの地に生まれてきたことが分かり始めたのだ。

 それは......

 
そうだ お前たちは「光の騎士」として望んでこの地球に転生してきたのだ
地球にいる僅かな希望のある人類を覚醒させるために
お前たちと同じ同士は多くはないがすでに覚醒し活動しておる
お前たちのようなものがこれからの地球を変えてゆくのだ

光の世界に座を持つものとして
この世で働いてゆくがよい

 

        ....あれからさらに永い年月が過ぎた。

 
 その間、語り尽くせないほどの出来事が続いた。闇多きものは去っていったのだ。

 ここに至るまでに私は、すでに活動している先達から精神学をさらに深く教わり、その後微力ながらも精神学を多くの人達に伝えることに協力していった。はじめた頃は悪性波動による体調不良はあったものの、それは自分自身の精神の成長とともに徐々に解決していった。ここまで長い年月を要したが満足いく人生であった。このときすでに私の人生の物語は最終章の中にあった。

 そして、私の物語も終わりが近づいてきたと何となく分かり始めたときのことである。就眠時、私がすでに眠っていると思ったのか宙美が、

「あなたは、また先に旅立っていくんでしょうね...
...次はどこに行くのかしら...」

と枕元でボソッと呟いていた。流石に永く一緒に暮らしているからであろう、宙美は何となく気が付いているらしかった。そんな宙美に私はあるとき

「わしが先に死んだときはこの最終知識もいっしょに棺に入れて火葬してくれないか。」

と何気なく頼んだ。その本は何度も読み返し、ときには持ち歩くことも多々あったため、すっかり表紙も背表紙もタイトルの文字は擦り減り無くなっていた。宙美は、

「それじゃ、あなたが最初に出会ったページを開いて棺に入れておいてあげるわ。」

と言ってくれた。

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そして、私の物語の終わりのとき、言葉があった。

白き星 誕生の道筋がととのった
                                   完.