台所から宇宙へ37

コ-ンコ-ンコーンと音が重なり合い、やがて一つのリズミカルなコンコンコンコンという音に変わり木槌の音が山に響きます。木槌の音が山に届き返ってくると、次の音と交差をする間隔がとても気持ちよく感じます。木の音はいいですね。それは、大安お日柄もよく晴天の中、ご近所に棟上げがありました。その棟木を据える音でした。久しぶりに、木槌の音を聞き木同士の波動は良いものでした。そして、数日すると暦の上では節分です。そして春の訪れとともに、キツツキのコツコツコツという音が聞こえてくると思います。昨年は何の音か分からず、家の周りを探索したことが懐かしいです。木々の周波数、つまり波動が樹種によって色々あるようですが、この色々な音がこれからは聞こえてくる季節になります。春までもう少しです。

2025年1月26日、大神山神社と出雲大社へ行ってきました。それは前回記述をした山間部を含む市全域を見て回った後、ある場所の屋外掃除の時、腰痛を感じたことから始まります。更に、一緒に掃除をした者も腰痛を感じ、やがてその者の症状が増しました。そして、25日の波動教室で、原因であるエネルギーの波動探査により、土地の捉え方の改めや今後の為にも気になる神社が出たのでご挨拶をする事となりました。

この国では、お山をご神体として、崇敬しおまつりをします。そして、この西日本の地域でも西に位置する伯耆富士と言われる大山が鎮座しています。今で言う鳥取県の米子にかけてですが、古代の伯耆の国の人々は、大山の事を偉大な神のおわす山「大神岳(おおかみたけ)」と呼んでいました。今でも地元の人々は、敬意と親しみを込め大山の御神徳を「だいせんさんのおかげ」といい暮しています。文献としては八世紀ころの国引きの条に、伯耆国の「大神岳(火神岳)」として登場し、当時独立した優美な姿の大山は地元の人々ならず、海を渡ってきた人々からも神の宿る神々しさは特別のようだったと記されているそうです。主祭神は大己貴命(大国主神のお若い時の名)様。そして、大山を根拠地として少名彦命、須勢理姫命と共に、この山で国作り(国土経営の計画)をされたと言われています。後に、産業発展、五穀豊穣、牛馬畜産、医薬療法、邪気退散の神として記されています。

奥宮は雪の為本社へと参拝に、寒波が来る前に急遽出発をしました。道中雨の中虹が先導をするかのように次々と山々に虹がかかります。あまりにも何本も虹が出るので、一時間遅れの出発でしたから、二時までに到着すればよいのではと思ったくらいです。やがて峠越えは雹交じりでトンネルを抜けると山陰の空は曇りでした。街には雪もなく、左手に頂上が雪に覆われた中国山脈と並行するように車は走りますと、ひときわ雪の多い大山が見え始めました。大神山神社の駐車場に着くなり、少し雲がかかっていましたが、はっきりと美しい富士姿を見せて頂きました。拝殿に進み、古からの御神徳に感謝をし、御挨拶をするも拝殿からの反応は何もありませんが、やがて風が吹きはじめ日章旗が揺れて、ポールに旗が当たる音が返答のように、鳴りだしました。そして、傍のご神木も風に揺れ始めご挨拶は通じたようです。その後、社務所へ大神山神社奥宮の遷宮の為の奉賛金を納めようと伺いましたが、お留守にてお賽銭箱へ納めさせて頂こうかと話をしていると、またもや日章旗のポールがカーンとなりました。「それでよし」というようです。人が神と共に生きるは、この大地を使わせていただき感謝を捧げ、共に発展をして行く姿にあるように今回は感じました。一の鳥居を出た時は風がピタッと止まり、駐車場へ戻ると、これが伯耆富士ですとばかりに雲がはれていました。

ここまで来たので、出雲大社へと走りました。。思えば、何回か出雲へは参拝させて頂いていますが、何時も重たい何とも言えない空気のお社という感覚がありました。山陰と言う地域・気候も影響があるとも思い、そんなイメージの中、一の鳥居では「出雲の日」という事で、人で賑わっており、何か来るべき日に来させていただいたようです。そこでは、イベントの関係もあったのでしょうが、子ども連れの参拝者が多く、本殿の空気は今までにはない軽く明るくなっているのです。その中にひときわ丁寧に参拝をされる若いご夫婦に遭遇しました。リュックを背負ったご主人と一歳になるかならないかの子供さんをお母さんは抱っこ紐に防寒ケープで包んで抱いており、摂末社をまわられてるところに遭遇しました。まずご主人が社の立て札の神様とその書き物を丁寧に読んでから参拝されていました。深々と頭を下げて一生懸命祈っておられる様子でした。次の社へ向かとご主人の祈った後の社を、母子で丁寧に参拝をされます。そして、その子供さんも小さな手を合わせ抱っこ紐から落ちはしないかと思うほど社に振り向きます。するとお母さんは「偉いね よくできたね」と社ごとでその子を褒めるのです。親の姿を見て育つではないですが、後からお参りする者も胸にジンと来るものがありました。伝わってくるものは、やっと念願の大社に来れたという空気感でした。きっとこのご家族は、日本の礎になる人材を育んでくださるような気がしました。家の造りと同じで、夫婦も大黒柱と棟木の関係みたいに骨組みがしっかりして、父も母も周囲の神様と共にという信心深い生活をすれば、子どもは良く育つことでしょう。またもや反省然りです。

また、一昨日マツリヌシのチラシのポスティングをして下さっているママから、嬉しい報告をもらいました。幼稚園の子供さんがママと一緒にポスティングへ行くと言い、一緒に歩いたそうです。子供さんはポストの種類の多さに興味津々になり、楽しくなり丁寧にポストへ入れては次のポストがどんな形かワクワクして、あっという間に歩いたそうです。そして、帰り道に通った神社で、お手伝いの百円を握りしめておみくじを引いたそうです。なんと母子ともに「大吉」が出て、「あぁ、神様は見ているんだね。」と会話をしながら、喜びを胸に帰宅をしたとのことでした。

こうして、この国では神様と共に生きてゆく民族性が、時代に関係なく細く長く連綿と繋がっていると考えます。こころないニュースが耳にはいる今日この頃ですが、この波動にもっと気づいて、築いてゆきませんか。そうすると土地もきれいになり、住みやすい家族の国作りが行われると確信します。