Vol.86:五章-7

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 空が震え、唸る音が響き渡った。
 超音速戦闘によって起きるソニックブームの轟音が辺りを破壊する。通常都市部では窓ガラスが全て割れてしまうため、音速以上での長距離飛行は禁止されているが――ここに至ってはもはやルールすら守られない。
 マッハ六を超える飛行速度でミュウは追いすがるドリウスを引き離した。
 オーギル海上で空中戦を繰り広げるうち、舞台はどんどん陸地へ近づいていった。破壊され尽くされた港町の上で、絡み合うように二人のプラズマ光の尾が飛行の軌跡を空に残し、視界を埋め尽くすほどの花火と見紛う火花が散り、曇天を下から晴天の真昼間よりも明るく照らし上げた。
「ほら、どうしたどうしたぁ! 俺にもっとおまえの本気を見せてみろよぉ!」
 ドリウスの怒号が響き渡る。

「――!」
 視界が目まぐるしく変化する中、ミュウはさらに高度を下げ――焼け焦げたビルを数本貫通する。音速で突っ込まれた方のビルは、衝撃で粉々に破砕された。
「!? 趣向を変えて隠れんぼってかぁ! 隠れられてねぇけどなぁ!」
 莫大な量の煙と瓦礫を巻き上げても、ドリウスは堪えた様子もなくその瓦礫の間を縫うように飛んで通過した。悪魔がいかなる補助をしているのか分からないが、人間の身でよく持ちこたえられるものだ。
 いや――崩壊は近いのだ。現に、彼の鼻からは血液が止めどなく流れ始め、目も血が充血して白いところが見当たらなくなっていた。重力制御すらまともにされていない体で、ミュウとここまで戦っていることで、すでに彼の体は人間として限界を迎えている。
 瓦礫に向かって、ミュウは磁力場を広域に展開した。
 ビルを砕いたのは、もともとその中に入っていた鉄筋が目当てだ。それがミュウの意図に従い、薄く弾幕の用意をとる。
「何だ、また電磁加速砲(レールガン)か! 馬鹿のひとつ覚えのように撃ってきやがるが――俺にそれが当たるかよぉ!」
「……ええ、そうでしょうね」
 ミュウは小さく呟いた。こちらの機体も、シスリーに受けたプラズマ砲のおかげで、稼働限界に近づいていた。脳裏に展開される大量のエラーを無視しながら、それでも出力を、演算性能をさらに上げた。すでにプラズマ光が制御しきれずに熱に変わり始め、体表が煙を上げている。
 だから、ここが最後の勝負だ。
 赤熱の光の尾を引いて、電磁加速砲(レールガン)が地上から流星雨のように発射された。ドリウスは全てをかわしきり――口からごぶりと血を吐いた。肉体限界の証だ。
 ビルの破砕で大きく速度を落としていたミュウに、真正面からドリウスが突っ込んでくる。その目をしかと見据えて――ミュウはそれを横っ飛びに避け、ひび割れた道路を大破させながら着地した。
 すれ違ったドリウスはそのまま、急に速度を落とし、大地に激突する。
 ――目を合わせた。それだけでよかった。その瞬間、目からの光信号によるハッキングを仕掛け、ドリウスの飛行制御機能だけでも無力化したのだ。 
 体を前に倒し、ミュウは走る。
「ぉおおおおおおおおおおおおぁああああああああああああ!」
 雄叫びを上げ、ドリウスは傷ついた体で無理矢理立ち上がると、ミュウ目がけて光線銃を放った。
 左の剣で弾き上げ、ミュウはさらに進む。まだだ。まだ、追い詰め切れていない。
 再びの閃光。弾く。さらに姿勢を低く速度を上げる。
 さらにドリウスは構えて光線銃を撃とうとしたが、舌打ちしてそのままこちらに駆けだした。エネルギー切れか。
 一度きりの勝負だ。ミュウの首筋を冷却液が流れた。――この一撃で、決める。
「――ぁああああああああああああああああ!」
「死ねよ、おらぁあああああああああああああ!」
 剣を大きく振りかぶった。
 その時、がくんとミュウの右膝が落ちた。ほとんど機能していない右腕が、ぶらりと宙を泳ぐ。
 ドリウスは(わら)った。嗤って、砕けた右腕をつかみ、ミュウの体を引っ張り上げた。自由にならない体など、ただの拘束具に過ぎないと言わんばかりに。そして光線銃を至近距離でミュウへ向けた。エネルギー切れは、フェイクだった。
(ああ、――その時を、待っていたんだ!)
 ミュウは目を見開く。ぐっと左足で大地を踏みしめ、背後へ体重をかける。左手で握っていた剣を振り抜いた。
 狙っていたのは、あらかじめそれを想定し、体を傾けていたドリウスではなく――自分の右腕。
 プラズマでできた刀身はあっさりとミュウの二の腕から先を断ち切った。重りを失い崩れた相手の姿勢は完全に上へと伸びきり、光線銃はミュウの残った腕をかすめ、地を穿った。捨て身のフェイント。隙を晒し仰け反ったドリウスの顔が驚愕に歪む。ミュウは軸足でそのまま身を沈めると、右足と共に大地を踏みしめる。
 意識の中で白く炎が燃えている。一気にミュウは体中のばねをつかって伸び上がる。そうして振りかぶった剣先を、ドリウスの胸元へ渾身の力で突き刺した。
 ドン、と。確かな手応えと共に、ミュウはプラズマの剣状収束を中で解いた。彼の内燃機関を、臓器を、一瞬で高温の兵器が焼き払う。
「――ぐ、ゴァ、バ!」
 ドリウスの口から飛び出した焦げた血と、黒い機械液が大量にミュウに降りかかる。
「ばか、な――」
 濁った喘鳴(ぜんめい)混じりの言葉が彼の口から漏れた。