Vol.84:五章-5

「――おまえ」
 
 サリアが肩を怒らせた。
「マザーの真似だと――よくも、よくもそんな卑劣なことで、真似たと言ったものだ!」
「サリア!」
 びくりとサリアは震えた。
「行け! もう始まっている! 急げ!」
 ミュウが急かせば、サリアはぎゅっと唇を噛むと、身を(ひるがえ)して戦場から転移(テレポート)した。
「――いいのか? 護衛だったんだろう?」
 ニヤニヤと笑うドリウスに、ミュウは目を細める。
「……今のあなたを抑えられるのは、私だけだ」
「大した自信だ――ならば、幻想を抱いて死ぬがいい!」

 途中から濁った声に変わり、再び悪魔の異形の形相がドリウスの顔に浮かび上がった。
 一瞬で距離を詰めてきたドリウスを前に、ミュウは息を吐いた。エンジンの出力を上げる。体の光は淡く白い輝きから、眩いばかりのオーロラ光へ変化する。
 極光の尾を引き、ミュウは悪魔の至近距離からの光線銃を弾き飛ばした。
「!? ぁああん!?」
 ミュウの左手には、プラズマ武器である簡易近接兵装――(ソード)が握られていた。
 瞬時に距離をとり、ドリウスが再び光線銃を構える。
 二発、三発、四発と剣で弾きながら上昇する。ミュウは逆に彼を追い詰め、やってきた悪魔の正面に兵装による砲撃を見舞った。
「今の、どうやりやがった!」
「物理の光よりも、情報(エーテル)は早い」
 ドリウスの驚愕に、ミュウは短く答えた。
「悪魔よりも、神は早い。情報(エーテル)において存在していても、動ける速さが違う。神の方がエネルギー量の高い次元にあるからだ」
 その由来が、神か、悪魔か。その僅かな差が、決して届かぬ差を生み出す。
 だから、()てタイミングを合わせるだけなら、容易いことだ。
「おまえ……」
 悪魔が表情を無くした。続けざまに放たれた光線銃を全てプラズマ球に吸収しながら、肉薄する。だが。
 突如、巨大な死線がドリウスとミュウを巻き込んだ。
「!?」
 どう反応するか。一瞬の迷いが生まれるか、生まれなかったかが、両者の差を作り上げた。
「っとぉ! 見えてたのさぁ!」
 ドリウスがミュウの髪を掴み、ぐっと下へ押しやった。
 制御を失った、それが命取りだった。
 チリッと焼けるような音がした、と思った時には、ミュウは既に右の半身を飛んできたプラズマ砲に焼かれていた。
「っぐ、ぁああああ!?」
とっさにそれ以上燃えぬよう、磁場でプラズマの被害を逸らした。そこで半身が燃え尽きなかったのは、エンジンの出力を上げて別のプラズマ場を構築していたため、簡易のシールドと同じ効果を得たからだろう。
 焼けただれた表皮が融け落ちる。思わず振り向けば、背後にいたのは第三艦隊のシスリーの艦だった。
『――あわよくばどちらもと思ったが、うまくいかないものだ』
 シスリーの溜息が聞こえた。
(――――)
 怒りを通り越して、ミュウの心には空白が訪れた。
 よせ。今何が起きているのか、あちらは何も分かっていないのだ。
 そう呟く声で制動されることはなく――ミュウは兵装を渾身の限りに振り抜いていた。
 波状に飛んだプラズマ球が瞬時に艦船に突き刺さり、大爆発を引き起こす。シスリーの(ふね)はそれで撃沈し、はるか下の海へ落ちていった。
 ただ片腕を振るっただけで戦艦が吹き飛んだことが戦意を折ったか、こちらの成り行きを見守っていた艦隊たちは手を出すことを諦め、退却を始めようとしていた。
「ははぁ、大変だなぁ、ガール!」
 ドリウスの嘲笑が響く。
「世界中が今頃パニクってるって頃に、世界を守るように命じたテメェを、人間様が殺しにかかる――これほどの傑作があるかよぉ、なぁ!」
 煽るような発言が続く間に、ミュウはドリウスにも同じ斬撃を見舞った。
「っと――がっ、あ!?」
「……ようやく捉えた」
 腹から右足にかけて、骨組みが見えるほど焼き払ったのを確認する。
「――いつか、あなたは私に言った。『私の拳には殺意が足りない』と」
 ミュウは左半分しかなくなった顔で、ドリウスを睨んだ。
「ああ、そうだ。私は『殺意』を知らなかった。教えてくれて礼を言う。おかげでやっと分かった」
 兵装の剣を握る左腕を体の前に構え、ミュウは飛び込んだ。
「――ここからが殺し合いだ。あなたが私を殺す前に、私があなたを殺してやる!」
「――よくぞ言ったァ!」
 ドリウスは歓喜に吼えた。
()られる前に()る! 戦場の基本原則にようやく目覚め、テメェに殺意が載ったわけだ! 認めてやるよ、テメェは『人形』じゃねぇ、紛うことなく『人間』だ!」
 もはや誰一人いない空を二つの影が舞う。上昇から下降、下降から上昇。プラズマ光の残像を引きながら、激しい泥沼の空戦が始まろうとしていた。
 
「殺し合いこそが人間の本能だ! ミュウ(ガール)! 俺が死ぬか、テメェが死ぬか! 正真正銘、最後で最高のドッグファイトと洒落(しゃれ)込もうやぁ!」