Vol.78:四章-6

『……っ、あいつ、何て速度での高速戦闘だ……! 人間の限界を超えてるぞ!』
『だが、今なら、シュタウツァーが抑えてくれている! 通過できるかもしれんぞ』
「――、」
 聞こえた通信に意識を向けていると、正面から大声が飛ぶ。
「よそ見禁止だぁ! テメェの相手は俺だろぉが!」
(っと!)
 砲撃レベルの拳を毛一本ほどの差で避けると、相手の前腕をつかむ。てのひらの表皮シートが摩擦でジュッと溶けて剥けたが――。
(必要経費か、仕方がない)
 あとであちこちからくすね、いや貯めておいた資材を使おう、と薄い思考で考える。
「……、今は――」
「――ぉっ、ん? んぉおおおおおおおおおおおおおお!?」
 勢いその場で数十回高速スピンをし、スピードを殺したあげく。
「――あなたの相手をしている、場合ではないのです!」
 ドリウスの巨体を海面へ叩き落とした。磁場操作でさらに加速度を増してやれば、予想以上の落下速度にドリウスの目が剥かれた。

「ォァアアアアアアアアアア――グバァッ!?」
 ドッ――パァン、と。派手な衝突音と数十メートルにも及ぶ水しぶきが上がる。
 撃破したとは思っていない。まだ数秒は沈んでいるだろう、とミュウは海中に注意を払いつつも、頭上を通過しようとしている艦隊と、その後ろの巨大機兵たちを見上げた。
『――それ以上進むと、迎撃しますが、よろしいですか』
『!? 誰だ!? こちらの通信に割り込んだのは――いや、待て。まさか』
 恐れる相手の戦艦の前に飛び上がると、ミュウは据わった目で、戦艦についている小さなカメラのレンズを見据えた。
『はい、私です。僭越ながら暗号を解析させていただきました』
『な――、っ、たかだか、アンドロイド一体に何ができる!』
 悪くはない指揮官のようだった。動揺をすぐに抑え、モニター越しにミュウを睨みつけてくるのを情報エーテル界から感知する。
 その強がりへの返礼として、先ほどから滞空していた戦闘機のうち一機に、前触れなくプラズマ球を宙に出現させてぶつけた。出力が数倍以上に上がっているからできる芸当だ。前なら効率が悪すぎて使えなかっただろう。
 どろりと溶けて鉄の塊になったものをいくつかに分け、これ見よがしに鉄つぶてとして自分の周りに滞空させると、相手方が絶句する気配がした。流れ星シューティング・スターとやらの由縁を思い出したらしい。
 そして――海上に飛び出そうとしてきたドリウスには水越しに電磁加速砲レールガンを一発叩きつけ、水圧で再び海中深くへ沈めた。おそらく直接当たっていないから、また数秒ぐらいしか時間稼ぎはできないだろう。だがそれで十分だ。
『警告はしました。そして、何ができると申しませば、私が成したのは通報と時間稼ぎです』
『――何』
『こちらはあなた方が大攻勢に出るまでの我慢が思っていたより短かったので、イヤイヤながら出てきました。本当ならもう少しじっとしていたかったのですが……』
 その時、ミュウの後方から光が閃き、ドッ、と光の雨が降り注いだ。
『艦長! シンカナウスの防空システムに補足されました! あのアンドロイドがマーキングしたものと思われます!』
『次いで報告! 前方に複数反応を検知! シンカナウス軍です!』
『!』
 ミュウがわざわざ――本当は嫌だったが――海上に現れた目的は、エントの艦隊の目視での補足とマーキング処理。最初のオーギル空戦で人形部隊ドールズが行った防空システムへの連絡、そしてシンカナウス軍への敵軍位置の告知と同じものである。
 洗礼のような光の雨が止み、ちらりと後ろを向けば、ある意味、目に馴染みつつある第三艦隊がやってきている。戦闘機が次々と背後から飛び出してエントの艦隊へ向かっていき、再び海上からどうにか浮き上がったドリウスも、形勢の悪化を察知して舌打ちをしたのが聞こえてきた。これでこちらに絡んでくることもないだろう。
(わざわざ勝ちを捨ててまでこだわりを取りに来ないあたりは、雇われの傭兵ということか……)
 仕事を忘れない冷徹さだけは評価に値する相手だが、性根は最悪だ、とミュウは目を細めた。
『――やぁ、ご親切なアンドロイドくん。わざわざ敵軍の侵攻と位置を知らせてくれてありがとう。ところで君は一人かい? 迷子なら親御さんたちのところに連れて行ってあげるんだが』
『その声はいつぞやのカント・シスリー司令ですね。戦艦の戦闘機運用の際は大変ご迷惑をおかけしました。あれからα-TX3の対処法も確立されつつあるようで、各地からひっぱりだことか。大変お忙しいところを呼びつけた無礼を心よりお詫びいたします。そして――ご心配には及びません。私は一人で帰れます』
 慇懃無礼な挨拶をしてきた通信の主にそう返すと、相手はしばらく沈黙した。
『――君、我々を救ってくれた、あのアンドロイドか』
 いくぶん及び腰の様子の声が響く。きっと通信越しの相手は、ミュウの痛烈な返しに引きつった顔をしているに違いない。