Vol.76:四章-4

 あちこち爆撃の跡が残るものの、第三師団が拠点を置くサエレ基地は、何とか原型を止めていた。軍事拠点であり、本来なら真っ先に攻撃を受けて潰されるはずだったが、対空装備で何とか持ちこたえていたのだ。
 しかし、敵の猛攻にさすがに無理かと思っていた頃に、研究都市の方でTYPE:μがα-TX3たちを一蹴し、どこかへ姿を消した。戦闘型アンドロイドたった一機に蹂躙され、本隊への襲撃を警戒し戦力を引き戻した敵軍の慎重さに助けられた格好だ。そこに、第三艦隊が敵軍を追い立てたことで難を逃れた。
 向こうにそんな意図はなかったかもしれないが、サエレ基地は確かに彼女に救われたのだ。
「少将――TYPE:μミュウの行動は、本当に暴走だと思いますか」
「ただの暴走なら、敵味方問わずに暴れただろう。敵兵だけを空から叩き落としたというあたり、奴の動きは苛烈だが、聞いている限りいくぶんまだ理性的だ。……だが、この七日間、本当にどこにも姿を見せないな」
 副官の発言にそう答えた。
 ルプシーは敷地内の端――フェンスが張り巡らされた場所にやってくると、腰に手を当てて前方に声をかけた。
「それで? まだTYPE:μとは連絡がつかないか。MOTHERのことも分からないか? ――ああ、作業の手は止めなくていい。そのまま話してくれ」

 ――フェンスの周りにたむろしていたのは、陸軍の制服に身を包んだ、元施設の職員たちだった。地面に転がしてあるのは、回収・調査のあとはサエレ基地管理だということで戻された二十三機のアンドロイドの機体だ。施設の爆撃に居合わせた四機は損傷が激しく、ところどころ欠損した体に布などを巻いてカバーしてあった。
 だが、物言わぬただの器物になってしまった彼らを見ていると、部下を複数人亡くした時の心情になった。感情があり、血が通う人間のように生き生きと動いていたから、かもしれない。
 技術者組は、コンクリートの上に道具を広げ、器用なことに自分たちで修理部品を自作しているところだった。他の研究員も、それを手伝っているのだ。
「今、やってます……作業中で申し訳ございません。本当なら専門技師にやってもらうんですけど、あの爆撃でかなりの人数が欠員していて……せめて、壊されるにしたって、綺麗にしてあげたいっていう話になって」
「少将、申し訳ございません。私たちの呼びかけに、全くTYPE:μが応える気配がないというか……存在応答が、そもそも変なんです……」
「変?」
 ルプシーは片眉を上げた。
「君は?」
「あ、私、リーゼです。このたびは、行く当てのない我々を引き取っていただきまして、ありがとうございます」
「気にするな。オーギル空戦でアンドロイドたちにはよく働いてもらったし、今回も結果的にTYPE:μには助けられたからな。せめての恩返しだと思ってくれ」
 彼女は礼をとってから、続きを回答した。
「まず、存在応答というのは、『アンドロイドが起動していずれかの活動状態にある』ということを確認する、最低限の応答です。それが……本来は、『ALIVEいきている』か『LOSTしんでいる』か、が返るはずなんですけど……『NO MORE EXISTENCEもうどこにもいない』と返ってきておりまして……」
 それと、おかしなことが、他にもあって、とリーゼは困ったように眉尻を下げる。
「そこは、僕から」
 リーゼをそう呼ぶ声が、彼女の背後から上がった。
「施設長! 座ってください。大変でしょ、その足じゃ」
「――その顔。……いや、すまない」
 ルプシーは一瞬驚いたあと、きまりが悪くなって謝罪した。
「ああ、気にしなくて大丈夫です。どうせそのうち、スペアの皮膚を上からあててはぎあわすつもりなので」
 応えた施設長は、顎から首にかけて大きく火傷の跡が残っていた。目も痛めているのか、白い眼帯や包帯でぐるぐると頭部を隠している。足もギプスをはめており、本来なら下手をすれば入院している身だった。――ここに軍医や簡易な治療施設もあるので、まだ滞在を許可されているようなものだ。
「――本来、試用機体プロトタイプは連番で、二十四機存在しています。ですが……最近、それとは別に、その……数万規模で、空き番ができたようです」
「……空き番? ――ああ、そういえば、もうそろそろブラックボックスの開示日だったな。そのせいか?」
 アンドロイドたちの検証が終わり、増産するモデルが決まるという、あの話だ。
「あれほどの事件を起こしてしまったので、もう、増産計画の話はないかと思っていたのですが……気がつくと、追加されておりまして。この件はドロイドリードにも問い合わせていますが、なぜか、覚えがない、いうことで……」
「うん? 何か妙な話だな。……正直なところ、試用機体プロトタイプどもを取り巻く状況はかなり厳しい。だが、TYPE:μの保護と安全性の確認、そして、改めて事件の精査を進めていけば、今の報道の印象は払底できると信じている。全ては今後の諸君らにかかっているということだ」
「……努力いたします」
「うん。まずは、今度はうっかり罠にかけられぬように、このアンドロイドに教えておくことだ」
 ルプシーは微笑んでかがみ込むと、横たわっているTYPE:εイプシロンの肩を叩いた。
「――よくヴァーチンを守ろうとしてくれた。礼を言う」
 返事はないが、どこか安心したような顔をしていると思ったのは、気のせいだろうか。
 さて、戻らねばならないな、と立ち上がろうとした時――再び、基地に警報音が鳴り響いた。
 その場にいた職員たちは一斉に顔を強張らせる。
 ルプシーは手首の端末を操作した。空中投影された画面の詳細を確認すると、目をみはる。
「――エントが再び攻勢に出た。今度はあのデカブツも一緒だそうだ」
「……巨兵サイズのα-TX3に対抗するには、艦隊の対応が必要ですが……MOTHERの後援なしだと、相当厳しい戦いになりそうですね」
「……今回ばかりは読めないぞ」
「は?」
 渋面の副官の言葉に、ルプシーは宙を見上げた。
「TYPE:μが出た。オーギル海上でエントの空軍と睨み合っているそうだ」
「…………!?」
「μが!?」
 リーゼが叫び、その場にいた全員が驚いて立ち上がった。