Vol.65:三章-3

 *
 
 
 ――黄色い光の波紋が、途切れ途切れにかすれながら、赤く燃える半球状の空間の底面を這っていく。
 いくつもの明るいステータスランプの点灯で、宇宙(そら)のように光っていた天球に、もはや光はところどころしか点っていない。
 【MASS ORDER THREDDING – HYPER EXPANDED and RESONANCED】。
 そう呼ばれた世界最高峰のコンピューティングシステムの中枢は、もはや見る影もなく破壊し尽くされ、今まさに燃え尽きようとしているところだった。
 これが、自分の招いた結果か。
 そんな言葉が、リーデルの頭の中に浮かんできた。

 ――あっけない。
 何て、あっけなく、一人や二人の人間が生き足掻いた程度で、もろくも壊れてしまうものなんだろう。
 今まで、シンカナウスは、最強の盾と矛を持っているのだと、そんなに簡単に負けたりしないんだと、どこかで信じていたのだ。それを、こんなに簡単に突き崩してしまえた。自分はどこかで、自分が一人足掻いた程度では、何にも変わりやしないから大丈夫だと諦めて、安心していた。なのに――達成してしまった。
 この国はもう終わりだ。エントは容赦なく滅ぼす気だ。シンカナウスの民を、逆らう気がなくなるまで痛めつけて、その技術を自国のために吸い尽くし、使い尽くすのだろう。
(私が、壊した……壊しちゃったんだ……こんなに簡単に壊れるなんて思ってなかった)
 もっと。もっと頑丈だったら、こんなに罪悪感なんて抱かずに済んだのに。
 何で、こんなにあっけなく壊れてしまうんだろう。
 
「――ほお、こんな風になってたのかよ」
 
 無残な破壊の有様をしげしげと眺め、リーデルの隣に立っていたドリウスが興味深そうにそう言った。それは、リーデルが最初にこの空間に足を踏み入れた時に抱いた感想と全く同じものだった。
 どうなったか目視確認がてら、観光しに行こうぜ。マスクもあるし大丈夫だろ。そう頭のおかしいことを言い放ったドリウスは、市街地への激しい爆撃の嵐が起きる中、飛行艇をあろうことか空中に待機させ、リーデルを小脇に抱えて穴の中へ飛び降りた。悲鳴は爆音にかき消された。
 そうして、少し長いトンネル探索の果てに、またしてもばらばらにひしゃげた巨大な鉄の扉を発見し――、中に入って、この空間を見つけたのだ。
 
「うん、これだけ破壊されてたら、大丈夫そうだな。よかったじゃねぇか、リーデルちゃんよぉ。テメェがあの博士に閉じ込められて、何年も泣きながら自由を求めてチャンスを待ってた甲斐があったじゃねぇか」
「…………」
 リーデルは答えられなかった。答えた瞬間、自分がとてつもなく重い何かを背負わされる気がして、恐ろしかった。
 だが。
「――あら。お客様がきたのですね」
 声が。前方の最も激しく燃えている場所から、あり得ない生存を知らせる音が、響いてきた。
「「っ!?」」
 二人して身構えた。炎の向こうから、カツカツと、靴音を鳴らして誰かが歩いてくる。
 それは、どこまでも白い、女性型のアンドロイドだった。
 ぼろぼろに焼け焦げた、ひらりひらりとしたドレスのような純白のワンピース。腰まで伸びた銀糸のごとき人工頭髪を揺らし、透明感のある白い肌は炎に舐め溶かされながらも、凜と彼女は前を向いている。開かれた瞳は白く眩い煌めきを宿し、炎の橙色の光も反射して、宝石のように輝いていた。
「こんな有様でごめんなさい。どうも場所がばれて、ピンポイントでの爆撃を受けてしまったようで。普段はもっと整っているのですけどね」
 困ったように眉を下げ、アンドロイドは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ようこそ、ここは【MASS ORDER THREDDING – HYPER EXPANDED and RESONANCED】――我が国シンカナウスが誇る最高峰のコンピューティングシステム、MOTHERシステムが収められたセントラルルームです。……もっとも、深刻なダメージを受けたので、あと三十分から一時間ほどすれば完全に燃焼して沈黙、停止するでしょう。ですから、あなた方が何もする必要はありませんよ、エントの傭兵さま」
「…………あんた…………MOTHER…………」
 リーデルは、それだけ言うのがやっとだった。
 なぜ、生きている。いいや、MOTHERが完全に停止していない。だから制御体も動く。理屈は分かる。だが。
 異常だった。これから死にいく状況にあるというのに、何も感じていないのか、このアンドロイドは。ただのプロセスでしかないと言わんばかりの、平常な案内をしてきた。
「……ふぅん。テメェがMOTHERか。海洋観測基地じゃ世話になったな。おまえさんの手下どものおかげで、俺は冷や汗かかされたぜ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。エメレオがTYPE: μ(ミュウ)をアップデートしていなければ、こちらもどうなっていたか分からなかったのですけどね」
 ようやく驚きから復帰したドリウスが、警戒を滲ませながらも軽口を叩くと、MOTHERはそれに対しておっとりと返した。