Vol.62:二章-5


 
 
 爆音と共に、目標の施設から炎が上がる。
 ドリウスはモニターを覗き込んだまま、ぼそっと呟いた。
「いやぁ、やっぱ一発じゃシールドと屋根を飛ばすしか無理だったか。見たとこ天窓でもろそうな構造だし、完全破壊もいけるかと思って、三番手を使ったんだが」
「当然でしょ……MOTHERが設置されたあの施設、とりわけ頑丈に作ってあるんだもの」
 呆れたように後ろでリーデルが鼻を鳴らす。
「おお、腕が鳴るぜ。タイムアタックは得意だ。誰ぞ飛んでくる前に急いで破壊しねーとな。じゃあ、二番手だ」
 スイッチをカチリと押せば、照準が再び定められ、機体の両翼から二発の対地兵装が放たれた。今度こそ、施設の奥半分が丸ごと吹き飛んでいく。
「はははっはぁ! 爽快だぁ! やっぱ戦争ってのはこれぐらい派手に飛ばさねぇとなぁ!」
 笑いが止まらない。

「おい、あのガールはどこだぁ? 中にいるのか? 何でアンドロイドが誰も出てこねぇんだ? 俺はここだぞぉお! さっさとしねぇと、テメェらのMOTHERが壊れちまうぞ! はははははははは!」
 奇妙なことに、MOTHERの収容施設を攻撃したというのに、必ず出てきそうなアンドロイドはどこからも飛んでこない。
 運が向いている。ドリウスはそう思った。
(――だが、センサーを見る限り、まだ防空網も、あの厄介なテレポート感知も機能してるようだな。噂じゃ、MOTHERの膨大な演算機能で国土をカバーしてるって話だったが。施設をちょっとやそっと吹き飛ばしたぐれぇじゃ、壊れねぇようにはしてあるってことか……いや、待てよ?)
 ドリウスは振り返った。
「なぁリーデルちゃんよぉ。制御体作成マザー・パイロット計画って言ってたよな? ――ってことはよ、あるんだな? 〝本体〟が、別に」
 リーデルはふ、と目を伏せた。
「私が知ってるのは、MOTHERのオペレーターアンドロイドがいる場所まで。でも――施設構造的に、セントラルルームの下には部屋がなかった。たぶん、空洞があって、ケーブルがそこに続いていたんだと思う」
「ふぅん、大体分かったぜ」
 ドリウスはそれなら、と照準をマニュアルモードに切り替え、一番手の火器を、ここだとあたりをつけた場所に打ち込んだ。
 再び、巨大な火柱が立ち上り、今度は同時に、金属が割れるような音が鳴り響いた。
 ぴゅう、と口笛を吹く。
「――ビンゴだ。やっぱり地下に埋めてやがる」
 ほとんど瓦礫の山と化した施設。三度目の爆撃で露出した地面に、大きな金属扉で蓋をされた大穴ホールがあった。火器のおかげで、蓋自体は下へ破れるようにひしゃげて潰れ、隠されていた入り口を露出させている。
「空洞センサーは持ってきていなかった。失敗したなぁ。が……念のため持ってきておいた奥の手もある」
 そして、とっておきの火器を起動した。
地中貫通爆弾バンカーバスターキングモウル。空間を検知してなるべく潜るって代物だ」
「そんなのあるの?」
「ああ。普通のはまっすぐ潜るだけだが、こいつなら……途中で曲がってようが、空洞を追尾して潜っていくだろ。何せ――着弾寸前にケツに火ぃつけて、最高スピードを出すって話だからなぁ!」
 これだけは操縦桿のスイッチでは操作できない。コックピットの別途設けられたボタンを押し、穴の中へ投下すれば、あとは名前のモウルもぐらの通り――。
 
「さぁ、吠え面かけよ、シンカナウス! 不敗の歴史はここまで。こっからはテメェの地獄の始まりだぁ!」
 
 ドリウスは快哉を上げた。
 そして――十数秒後、凄まじい振動で大地は揺れ、多くの建物が損壊を受けた。
 
 
 *
 
 
 その日。
 空にかけられた網は解けた。
 侵攻を防いでいた火器たちは沈黙した。
 海からの新手を警戒していた浮遊艦隊は、突然の通信網の遮断にうろたえた。
 国の根幹を支えていたシステムの多くが、次々に齟齬を訴えた。
 日常の生活を回していた情報の海に、時間の経過と共に不足が、欠損が生じていく。
 明かりが都市部から消えていった。エネルギーの供給制御が乱れたためだ。
 水の浄化施設も、即座に非常用のエンジンに切り替えたが、供給のための給水システムが止まった。
 人々の生活の基礎は、音もなく崩れていこうとしていた。
 
 だが、どんな障害よりも先に、空の守りが解けることを待ちわびていた、外の敵が牙を剥いた。
 
 都市の空に、次々と戦艦が、爆撃機が、そして、巨大機兵が現れた。
 町の端々から悲鳴が上がる。
 
 技術によって繁栄した国の都市は、一日にして、辺り一面が炎に赤く燃え上がった。