Vol.59:二章-2

ωオメガ……】
【僕、この計画をやったあの博士のことが分かんないんだよね。ファッション感覚でアンドロイドに権利を、って叫ぶ連中の仲間でもなさそうだし。僕たちを本気で人間として作ろうとしたようにしか思えない。でもそうだとしたら、この計画において致命的なリスクを侵していることになる。僕が危ぶむぐらい暴走するかもって個体がいるのに。まるで――】
【ω!】
 強い口調に、ωはふと我に返ったように驚いた様子で目を丸くした。
 秘匿通信だから、誰も聞いてはいない。だが、εイプシロンは止めずにはおれなかった。
【それ以上は、いけない。僕もその可能性は考えた。だが――僕たちが僕たちであるためには、それ以上は、だめだ】
 エメレオ・ヴァーチンという、発言力のある人間という後ろ盾を、自ら無くすことになりかねない。
【……だから真面目って言われるんだよ、ε】
 ωはふっと力の抜けたように笑って、εにそう返した。
【何だかんだ、僕らが問題起こすたんびに尻拭いして回ってたのだってさ、みんなをスクラップにさせないためだったもんね】
【……おまえたちが問題を起こさなかったら、僕だってあっちこっち走って怒鳴って回ったりしない】
 さんざん動き回って悩みもだえたせいか、食事演習でのエネルギー補給中にタンクの管が詰まって緊急メンテに担ぎ込まれたことまである。
「苦労性がアンドロイドにもあるんだな、人間なら胃痛だぞ、それ」と、技師たちに腹を抱えて笑われたのはεの中でも黒歴史だ。
 ああまた管の調子が、とεが体内機器の微調整を検討していると、遠くからベルの音が聞こえてきた。
【ん? こんな非常時にお客?】
【誰だ?】
 γガンマφファイが腰を上げ、部屋の扉上のモニターに、玄関先の監視カメラの映像を呼び出した。
 εとωもモニターに目を向けると、眉を潜めた。
 そこに映っていたのは、明らかに物々しい装いの制服を着込んだ男たちだったからだ。
【――敵意感知】
 ρローが物騒な発言をした瞬間。
 ――何か危険を感じれば、すぐに動けるように備える。身に染みついた習慣として、カプセルの外にいたアンドロイドたち全員が武装を始めた。
 
 
 *
 
 
 様子見に向かうため、四機のアンドロイドが走った。εイプシロンωオメガγガンマφファイからなる即席の組が、施設の廊下をできる限り急いで移動する。衝突や破損事故防止のため、施設内では緊急時以外の飛行が禁止されているからだ。
 通常の警備が通したということは、ここに立ち入る資格を持っているということ。なのにρローが敵意を感じたと警告した。εたちからすればその意図があると知った時点で嫌な予感しかしない。実際に行動に出るか出ないかの危険度判定の基準値はあるが、それを明らかに超えていなければ彼だって言葉には出さない。そうでなくても必要以上には滅多に話さないのだから、彼が言葉を発した時点で大事だ。
「何だってここのセキュリティには敵意検知が載ってないんだよー!」
「載ってはいるが、精度がやや甘い。数日前の博士襲撃事件では殺意レベルを検知していた」
「業者がハネたか、不良品だ。なお予算は潤沢だったからケチったわけではない」
 ωの文句にγ、φが冷静な補足を加えた。なぜ知っていると問いただしたいが、今はそれどころではない。
「何がどうなってる? 奴らの目的は何だ?」
「φ、どうだ」
「漏れ聞こえる話では、ヴァーチン博士に会わせろと言っているな」
「おい、何で分かるんだ」
「日頃の趣味でエンジンの微量出力検証がてら」
「磁力分布の割り出しから周囲のスピーカーのノイズ解析を少し」
「おまえたちなぁ」εは内心で頭を抱えた。呆れた精度での盗聴である。誰が諜報能力も自主的に訓練しろと言った。役に立つからと説得されて低位ロープラズマの秘匿通信を許したのがだめだったか……。「だがでかした。今は欲しい情報だ」
「ヴァーチン博士は、今はグラン・ファーザーのエネルギー調整で手が放せないんじゃないのか?」
「あの人は今、正式にはMOTHERを運用している施設ホームの人じゃない。軍部の研究開発主任だ。上の命令や許可を得て手伝っているだけだから、さらに別の命令があれば動かざるを得ない」
「おい、俺たちのブラックボックスを早期開示するよう、MOTHERへの絶対命令に賛成しろって言ってるぞ、向こうの奴ら」
「その命令をほいほい聞くたまか、あの博士? μミュウの奴から聞くに親バカだろ」
「絶対聞かない、賭けてもいい」
個人情報プライバシー丸出し反対ー!」
「ああもうまどろっこしい! φ、こっちに直接流せ!」
「了解。あとω、どうせそれ、開示予定の奴だからな」
 果たして聞こえてきた内容は、εたちの焦りをさらに募らせるものだった。