Vol.53:一章-7

「――知ってた? あんたが戦った戦闘型アンドロイドたちの前身って、MOTHERシステムの制御体なの」
「へぇ?」
「主な目的は、高度な知性を持ったオペレーターアンドロイドの試験開発だったんだけどね」
 その開発を、制御体作成マザー・パイロット計画、と呼んだそうだ。
「開発思想を引き継いだ戦闘型アンドロイドは、私が最後に聞いた時には、シンカナウスが主導していたソウルコード解読プロジェクトを元にして作られるって話だった」
 でもね、とリーデルは前置きした。
「あんたが見聞きしたアンドロイドたちの人格と、私が知っているMOTHERの人格の完成度はほぼ同一なの。――この意味、分かる?」

 ドリウスは一瞬思考を巡らせ、そしてすぐに違和感に気づいた。下調べした時の記憶では、シンカナウスのソウルコード解読プロジェクトが本格的に始まったのは十年前。だが、MOTHERの制御体が完成したのはそれよりも以前、十二年ほど前のはずだった。
「あ? ソウルコードの意味あんのか、それ? いやそもそも、それならどうやってあの博士はMOTHERを完成させたんだ?」
 リーデルの話が確かならば、エメレオ・ヴァーチンは人間とほぼ同等のように振る舞える人格プログラムを、ろくな前情報や検証もなしに組み上げてしまったことになる。天才や鬼才の域を超えて、それはもはや神の域に足を踏み入れてはいないか。
「MOTHERの制御体にプログラムされている人工知能をどうやって博士が完成させたのか、実は誰も知らないの。どんな理論だってぺらぺら喋るようなふざけた性格のくせに、博士はあれだけは明確に語らなかった。だから、研究所では――というより、ヴァーチン博士の一派の間では――MOTHERは博士でさえ再現不能の奇跡。……『史上最大の怪談』って呼ばれていたわ」
 怪談。科学と最も遠い位置にありそうな単語が飛び出してきて、ドリウスは乾いた笑いを漏らした。
「戦場の怪談と似たような気配がしてきたな」
「そうね。ヴァーチン博士は、『神が降りた』なんて馬鹿みたいな冗談しか言わなかったから。でも、徹夜明けでろくな検証もせずに即興で完成させたプログラムは、全部のテストをパスして、未だにエラーもなく動き続けている。――そっちの方が、私はよほど怖い」
 だからね。
「あんたがMOTHERを壊すって言った時……ちょっとほっとしたの。あのオペレーターアンドロイド、化け物みたいに何でも処理して、こっちのことも見透かしてきたから。きっと、黙っているだけで、ものすごい量の情報を人間も知らないうちに握ってる。証拠はないんだけどね」
「いや、さすがに怖すぎねぇか?」
 正体不明、解明不能。リーデルが語ったのはそういうことだ。さすがに薄ら寒いものを覚えて、ドリウスは真顔になった。
「だからよ。言った以上はしっかり壊してね。何だかんだで生き残ってそうで怖いの、あいつ」
 そう言ったリーデルの声には、仄暗いものが籠もっていた。ドリウスはその感情の正体を探り当て、得も言われぬ愉悦を覚えた。妬みと恨み。憎悪と恐怖。そういう情動が、大がつくほど好物だ。
「おうおう、怖い怖い。じゃあ、お嬢ちゃんのご希望通り、完膚なきまでに壊すとしようや」
 冗談めかして肩を竦めて言ったあとで、「ああそうだ、」とドリウスは付け加えた。
「人の口は塞ぎにくい。そろそろあの怖ーい博士が気づく頃だ。せいぜい任務が終わったあとは捕まらねぇように頑張れよ?」
 生きてたら、な。
 最後の一言は口に出さず、ドリウスはにんまりと唇の端を引き上げた。
 それを知ってか知らずか、リーデルは肩を竦めた。