Vol.37:カプセルルームでの語らい

 忙しく技術者たちが立ち回っているのを横目で眺めながら、蓋の開いたカプセルの中でγガンマが口を開いた。
「何だか処刑数日前みたいな雰囲気だな」
「カプセルの刑か、間違ってないな」
「ちょっとφファイ、嫌なことを言わないでよー」
βベータか」
「私だってカプセル嫌いなんだからー……そういえば、何でμミュウはカプセルの中に籠もりたがるの?」
「後ろ向きアンドロイドだったからな」
「確かに。昼間、あのデカブツに突貫かけた時の様子は獅子奮迅ライオンハートって感じだったが」
「うるさいんだけど、φ」
 起き上がって文句を言うと、γから笑い声が上がった。

「おっと、カプセル好きが何か言ってる」
 γを軽く睨みつけたあと、μは溜息交じりに上体を倒した。
「それにしても、何だったんだ? 昼間のあのスーパーズルみたいな予測支援」
「……よく、分からない」
「は?」
 μは唇を曲げた。分からないものは分からないのだ。
「何ていうか……気づくと、どこからか答えを持ってきている、ような……」
「ん……? それ、計算なのか?」
 γが理解しがたい、という表情を浮かべた。
「計算だとしても、何か変だぞ……いくらMOTHERの支援が入っていたとはいえ、二十四機分の予測演算をしながら高速機動戦闘なんて、いつものμらしくなかったしな」と、φ。
「全体的に、今日のμは今までの塞ぎ込んだμじゃなかったもんな。もっとこう……ようやく我ららしくなった感じだよな」
「我らってば我らなんだから」
「またそれー? 好きねー」
 βが呆れながらγとφの決め台詞に笑う。
「μはねー、ずっと我が出せなくて悩んでたのー。それが今日やっと一皮剥けたってことー」
「……β?」
λラムダが言ってたんだけどねー。μは、いつもアンドロイドらしくしようとして肩肘張ってて、すごく窮屈そうだって」
 はっと顔を上げると、βはにまにまと笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「自分に素直になればー? なりたい自分になるのがそんなに怖いことー?」
「……私は、ただ……」
 μはうーん、と唸った。変じゃないかな、とあれこれ悩んだあとで、勇気を振り絞って、口にした。
「私は、自分が、自分じゃなくなるのが、一番嫌だ……と、思う」
「というと?」
「アンドロイドであることと、自分であることが、矛盾しそうで、いつも、それはアンドロイドであるってことに反している気がして。だから、私は、自分のことを出来損ないだって思ってた」
「何と……」
 φが絶句する。
「実際、こんなんだから。人も殺す覚悟のないアンドロイドだから、今日、エントの傭兵だっていう奴と戦った時、私は負けたんだと思った。でも、博士は、設計通りだって言ってた」
「……よく、分かんないけどー」
 βは顔を上げた。
「μは、もしかしてー。誰かを殺したり、戦ったりして、戦闘型アンドロイドの役割を果たしていたら、なりたい自分でいられなくなりそうだから、悩んでたー?」
「……うん」
「γよ」
「φよ」
「これはもしかすると、μが一番、アレかもしれぬな」
「何、アレってー」
「ソウルコードよ、β」
「ソウルコードには強さがあるのだ、β」
「強さ?」
「うん。逆らうことができないほど強い、欲というか、やりたいこととか、希望とか。そういう人生の指針へ向かうよう、強く働きかける衝動を、人間の〝魂〟は持つ傾向にあるらしくってな」
「一番強く、自分の役を持っている魂は、自分のその衝動のようなものに逆らえないのだそうだ」
 γとφの話は初めて聞く話だ。昨日、ゼムに話の続きでも聞いていたのだろうか。
「役?」
「普通の魂なら、たぶん今日、あそこで撤退を選んだ。でもμは獅子奮迅ライオンハートしたのだ」
「何、そのらいおんはーとってー」
「言葉の綾だ、気にするな」
「つまり、μは魂の働きかけが最強なソウルコードが元になった人格の可能性があるのだ。アンドロイドであることさえ否定したくなるというのであれば、前人未踏のホワイトコードかもしれんぞ」
 ざわりと、心が強く騒いだ。
「μのソウルコードは、十万分の一を引き当てて、今日発火してしまったのかもしれん」
「……でも、なんで発火したのー?」
「うん。たぶん、発火したのは、【正義】と【勇気】が原因だろう。まさに今日、進むか、戻るか、そういう状況まで追い込まれたからな」