Vol.34:惨禍を抜けて


 
 
 μミュウたちが這々ほうほうの体で沿岸部まで逃げてきたところで、そこは既に地獄と化していた。
 α-TX3の初撃の破壊光線はここまで届いていた。常ならば、テレポート・ゲートエリアを通過してやってきた巨大流通船を受け入れるほどの大きく美しい港町だったはずが、町並みは熱線の余波で扇状にほとんど吹き飛んでいた。いたるところから火の手が上がって黒煙をもうもうと吐き出し続け、もはや無事なところを探す方が難しい。ランドマークであっただろう大きなビルは、へしゃげて半ばから折れ溶けている。川は熱湯と化して蒸気を吹き上げ、炎上する町から逃れようとたまらず飛び込んだとみえる遺骸が、いくつもいくつもいかだのように、もがき苦しんだ跡を残して浮いていた。半狂乱になった人々が傷つき絶叫しながら、互いの家族を呼び合って探していた。倒れて動かぬ母の側で庇われ生き残った子供が泣いている。飛んできたがれきや破片で針鼠のようになった、黒焦げの親の遺体を前にして、呆然と立ち尽くす男がいた。

【……ひどい……】
 酸鼻を極める破壊の痕跡に、アンドロイドたちは絶句した。
 軍の装備を持って中空に浮かぶμたちを見つけると、誰もが呆然と見つめてきた。おまえたちというものがありながら、と、ありありとその目に恨みつらみが籠もっていた。どうして助けてくれないの、とすがる瞳は、絶望と諦めに満ちていた。
 すまない、と言うことも出来ず、μたちは追いすがる視線を振り切るように町を通り過ぎて、サエレ基地へと帰投した。
 
 精神的にひどく憔悴し、戻ってきた一同を迎えたのは、兵卒たちの恐怖と戦慄の眼差しだった。
 
「……おい……あれがそうだ」
「小隊ほどの小人数で、敵の大艦隊と互角に渡り合ったって?」
「一機も損耗しなかったらしいぞ」
「化け物……高速戦闘機と同等のアンドロイドなんざ、誰が作ったんだ……」
「あれが人間と同じ感情を持って、私たちと同じように振る舞うのか?」
「暴走しないんだよな? 俺たちが殺されるなんてことは……」
「戦艦を一人で……」
「新型兵器に真正面から普通突っ込むか? イカれている……」
 ――周りで囁かれていることはすべて事実だ。だが、これほどまでに恐れられるものなのか。μたちは少なからぬ衝撃に襲われた。
 自分たちはただ、命ぜられ、最善を尽くすために戦った。敵の凄まじい兵器の威力の前に、せめてと一矢報いた上で、辛くも残存し、敗走して戻ってきただけだった。
 守りたかったものは守れず、さらにこれから失うかもしれないと分かっている状況で、この上まだ不利な立場に追い込まれているとは思いもしなかった。
 どうして、とωが項垂れ、βは唇を噛んだ。εは予想していたと覚悟した目つきで前に進み、λは受け入れるように瞼を閉じた。μは、顔を伏せた。
(力の限りを尽くしたのに、認められず、ただ恐怖を残しただけ……私たちは、何も結果を残せていない……)
 
「――おかえり、みんな」
 
 途方に暮れていたアンドロイドたちの前に、そう声をかけて姿を現したのは、エメレオ・ヴァーチンだった。今朝見た普段着から、軍の作業服姿に着替えている。緊急時につき、動きやすさを重視したのだろう。
「博士……」
「あの戦いに投入された新型兵器……α-TX3は、シンカナウスとエントが同盟時に協力して開発を進めていたものだ。最近、先方での開発が難航しているということで音沙汰がなかったが――裏で独自に完成させていたようだ。厄介な威力の破壊兵器も持たせるというおまけつきでね」
「戻ったか」
 話しているエメレオの隣に現れたのは、戦闘服を纏ったルプシー少将だった。その姿を認め、兵士たちは姿勢を正して敬礼する。
「――人形部隊ドールズ、ただいま帰投いたしました」
 アンドロイドたちが敬礼する中、εイプシロンが報告すると、彼女は小さく頷いた。
「艦隊到着まで小隊規模でありながら決死の覚悟で空戦を行い、よく時間を稼いだ。無事任務を全うしたにも関わらず、出撃した第七艦隊が新型兵器の攻撃で一瞬で溶けた時は悪夢かと思ったが。……いや、今も悪夢だな」
 少将は疲れたように首を振った。