「……ッ」
μは歯がみした。
そうだ。
μには――自分には、どうしたって、人を殺せない。その覚悟がない。
何をしても、それをしてしまえば、自分はただの殺戮人形。役割を全うし、仕事に明け暮れてしまえば、自分は大事なことを見失う。そうして、いつか、取り返しの付かないことになるのではないか。そんな、アンドロイドにあるまじき『恐怖』と『忌避感』が、μの根幹を支配していた。心の内にあるひたすらに白い衝動が、自分をただの殺戮人形になり下げることを拒否していた。
致命的な欠陥――いいや、欠陥だらけだ。
そんな殺戮人形は、人類の目的のためには存在していてはいけない。
だが、ここに至れば、そんなことは関係ない。
決別する時だ。今までの、自分という形の在り方に異を唱える心を殺す日が、ついに来たのだ。
だから。
「――申し訳ございません、博士」
『いや、謝る必要はないよ。だってそういう風に作られたのは、すべて僕とMOTHERの設計通りだからね』
「……え?」
「は?」
だから、エメレオが全く驚きも失望も、怒りさえせず、計算通りだと答えた事実に、時が止まった。
ドリウスでさえ、全く予想外だと、虚を突かれた顔をした。
『――大丈夫だ。μ。君は、何も心配する必要はない。すべてはあるべき場所に至るように作ってあるんだから』
「…………博、士?」
呆けた。
彼の言う意味が、また、何も分からない。
「――は、は。ははははははははははは! 何だそりゃ、何だそりゃあ!? こんな馬鹿げた話なんて聞いたことないぜ!?」
けたたましい笑い声を上げたのはドリウスだった。
「人も殺せない兵器が設計通りだってよ! そんなの聞いたこともねぇ! 軍のお偉いさんは、なんつーもんを作ってくれたと頭を抱えるに違いねぇ――最も……あんたが生きてそのお偉いさんに顔を合わせられるかは、話が別だがなぁ」
『! げっ、別働隊!? 何ソレ、全部僕に向けてたってのかぁ!?』
エメレオの声が焦燥を孕む。同時に、彼の背後で砲声が炸裂しているのが聞こえてきた。『うわあああああああ!?』という情けない悲鳴も。
「博士!?」
「さあ、形勢逆転だ――今度は俺が時間を稼ぐ番のようだなぁ、ガール」
行かせねえよ、とドリウスが腰を落とした。
「構えろ。今度こそ殺し合いと行こうじゃねぇか」
動揺も収まりきらぬまま、μはドリウスに向き合った。早く、彼を倒さなければ、エメレオの身が危ない。
だが――倒すということは、殺す、ということだ。後顧の憂いを絶つのならば、ここで仕留めなければならない。
やはり、決断の時なのだ――。
そうμが眦を決した瞬間。
「――邪魔するわよっ!」
空から、天から、閃光が降りてきた。
咄嗟に飛び退いた両者の間を分かち、壁になるように降り立ったのは、淡く蒼白の光を帯びた一体のアンドロイドだった。緊急時につき、胸当てや補助装具で全身武装した上、頭の上には狙撃用のスコープまで装着して、何やら大きく重いバックパックを背負っている。青い人工頭髪を揺らし、きつい眼差しをドリウスに注ぐ後ろ姿に、μは驚き目を見開いた。
「λ!?」
「――こちら、TYPE:λ」
背負っていた重い荷物をがしゃりと落とし、λは重心を低く落として戦闘の構えを取った。
「ただいま接敵、掃討に移ります。――許可を、MOTHER」
普段とは打って変わって、事務的に連絡を取るλの声は固い。
『許可する。直ちに敵性因子を排除されたし――μ、よく頑張ってくれたわね』
冷え冷えと響くのはMOTHERの声。――その後でこっそりとこちらに囁きかけるのは、いつものMOTHERの声だったけれど。
『エメレオ・ヴァーチン博士の護衛にはTYPE:εが向かっている。承認が降り次第、追加戦力を随時投入する。背後は気にするな』
「了解!」
短い返答の後、λが宙を鋭く駆けた。
そんな殺戮人形は、人類の目的のためには存在していてはいけない。
だが、ここに至れば、そんなことは関係ない。
決別する時だ。今までの、自分という形の在り方に異を唱える心を殺す日が、ついに来たのだ。
だから。
「――申し訳ございません、博士」
『いや、謝る必要はないよ。だってそういう風に作られたのは、すべて僕とMOTHERの設計通りだからね』
「……え?」
「は?」
だから、エメレオが全く驚きも失望も、怒りさえせず、計算通りだと答えた事実に、時が止まった。
ドリウスでさえ、全く予想外だと、虚を突かれた顔をした。
『――大丈夫だ。μ。君は、何も心配する必要はない。すべてはあるべき場所に至るように作ってあるんだから』
「…………博、士?」
呆けた。
彼の言う意味が、また、何も分からない。
「――は、は。ははははははははははは! 何だそりゃ、何だそりゃあ!? こんな馬鹿げた話なんて聞いたことないぜ!?」
けたたましい笑い声を上げたのはドリウスだった。
「人も殺せない兵器が設計通りだってよ! そんなの聞いたこともねぇ! 軍のお偉いさんは、なんつーもんを作ってくれたと頭を抱えるに違いねぇ――最も……あんたが生きてそのお偉いさんに顔を合わせられるかは、話が別だがなぁ」
『! げっ、別働隊!? 何ソレ、全部僕に向けてたってのかぁ!?』
エメレオの声が焦燥を孕む。同時に、彼の背後で砲声が炸裂しているのが聞こえてきた。『うわあああああああ!?』という情けない悲鳴も。
「博士!?」
「さあ、形勢逆転だ――今度は俺が時間を稼ぐ番のようだなぁ、ガール」
行かせねえよ、とドリウスが腰を落とした。
「構えろ。今度こそ殺し合いと行こうじゃねぇか」
動揺も収まりきらぬまま、μはドリウスに向き合った。早く、彼を倒さなければ、エメレオの身が危ない。
だが――倒すということは、殺す、ということだ。後顧の憂いを絶つのならば、ここで仕留めなければならない。
やはり、決断の時なのだ――。
そうμが眦を決した瞬間。
「――邪魔するわよっ!」
空から、天から、閃光が降りてきた。
咄嗟に飛び退いた両者の間を分かち、壁になるように降り立ったのは、淡く蒼白の光を帯びた一体のアンドロイドだった。緊急時につき、胸当てや補助装具で全身武装した上、頭の上には狙撃用のスコープまで装着して、何やら大きく重いバックパックを背負っている。青い人工頭髪を揺らし、きつい眼差しをドリウスに注ぐ後ろ姿に、μは驚き目を見開いた。
「λ!?」
「――こちら、TYPE:λ」
背負っていた重い荷物をがしゃりと落とし、λは重心を低く落として戦闘の構えを取った。
「ただいま接敵、掃討に移ります。――許可を、MOTHER」
普段とは打って変わって、事務的に連絡を取るλの声は固い。
『許可する。直ちに敵性因子を排除されたし――μ、よく頑張ってくれたわね』
冷え冷えと響くのはMOTHERの声。――その後でこっそりとこちらに囁きかけるのは、いつものMOTHERの声だったけれど。
『エメレオ・ヴァーチン博士の護衛にはTYPE:εが向かっている。承認が降り次第、追加戦力を随時投入する。背後は気にするな』
「了解!」
短い返答の後、λが宙を鋭く駆けた。