心配そうにするλ(ラムダ)の顔が、ふつりと真っ暗な画面に切り替わった。ちらりと視線を動かせば、スクリーンの映り込みで、隣にジャケットを羽織り終えたエメレオが立っているのが見えた。
「君のお姉さんは随分と心配性なんだね」
「私がしっかりしてないから、だと思います」
「そうかい? 昨日の戦闘性能を見る限り、大丈夫のように見えたけど」
「……機械相手なら。生物は苦手で……柔らかくて」
「……そういえば、君たちの模擬戦闘の生体対象って、豚だったね」
さすがに戦時でもないため、実戦もない。一番ヒトに近くて手頃なのがそれだった。手のひらに残る、温かい血糊の感覚を覚えている。肉も皮も、ナイフを握ればアンドロイドの膂力で簡単に引き裂けた。彼らの絶命の悲鳴は今でも再生できるが、あまり思い出したくない記憶だ。そのまま動物の解体処理の練習に移行して、何体かのアンドロイドたちから悲鳴が上がったのはいい思い出……なのだろうか。
周囲を警戒しつつ、再び車で移動する。ラジオではどうやら昨日の襲撃事件での攻防がニュースになっているようで、複数体の殺人ドローンを一蹴するヒト型アンドロイドが、我が国で軍事開発されたものであることを説明する国防相の会見音声が流れていた。一般人のいるエリアにそのような兵器が放たれた経緯の調査状況に加え、キャスターたちのコメントは、軍用開発されたアンドロイドの安全性にも焦点が当たっているようだ。
『街中で暴走などはしないのですか?』
『特殊技術により開発された高性能の人工知能を搭載し、国際標準のセーフティ試験もクリアしています。ハッキング対策も厳重にしてあるので、現行の技術での突破はかなり難しくなっています。ほぼ現実の人間のように判断し、喜怒哀楽を表現して状況に応じて対応できる。軍人の精神面でのケアもこなせると、評判は上々のようですよ』
『なるほど……それに加えて要人警護も対応できると、今回の事件で証明された訳ですね。心強い味方ですね』
心強い味方、の部分で、ふ、とエメレオが笑った気配がした。おやとμ(ミュウ)は横目で彼の顔色をうかがう。どこか皮肉そうな色を感じたのだが、気のせいだったろうか。
「今日はさすがに、戦闘型アンドロイドの性能解析に、各所が躍起になっているかな?」
「……少なくとも、周囲に不審な動きは見られないようです」
ちらりと周りを見渡すが、そのあたりの人間に攻撃的な色の動きはない。敵意判定システムに不具合がなければ、警告は発生していないから、大丈夫だろう。
水面下での命のやり取り。巻き込まれさえしなければ、国民の生活は平穏そのものだ。ただ、と、ふとμは考えこんだ。
――本当に平和なら、自分のような存在が生み出される必要性とは、何なのだろうか。
「ああ、着いたよ。ほら――」
エメレオに促されて視線を上げる。何か大きな海沿いの施設のようだが。石看板に目が行った。
周囲を警戒しつつ、再び車で移動する。ラジオではどうやら昨日の襲撃事件での攻防がニュースになっているようで、複数体の殺人ドローンを一蹴するヒト型アンドロイドが、我が国で軍事開発されたものであることを説明する国防相の会見音声が流れていた。一般人のいるエリアにそのような兵器が放たれた経緯の調査状況に加え、キャスターたちのコメントは、軍用開発されたアンドロイドの安全性にも焦点が当たっているようだ。
『街中で暴走などはしないのですか?』
『特殊技術により開発された高性能の人工知能を搭載し、国際標準のセーフティ試験もクリアしています。ハッキング対策も厳重にしてあるので、現行の技術での突破はかなり難しくなっています。ほぼ現実の人間のように判断し、喜怒哀楽を表現して状況に応じて対応できる。軍人の精神面でのケアもこなせると、評判は上々のようですよ』
『なるほど……それに加えて要人警護も対応できると、今回の事件で証明された訳ですね。心強い味方ですね』
心強い味方、の部分で、ふ、とエメレオが笑った気配がした。おやとμ(ミュウ)は横目で彼の顔色をうかがう。どこか皮肉そうな色を感じたのだが、気のせいだったろうか。
「今日はさすがに、戦闘型アンドロイドの性能解析に、各所が躍起になっているかな?」
「……少なくとも、周囲に不審な動きは見られないようです」
ちらりと周りを見渡すが、そのあたりの人間に攻撃的な色の動きはない。敵意判定システムに不具合がなければ、警告は発生していないから、大丈夫だろう。
水面下での命のやり取り。巻き込まれさえしなければ、国民の生活は平穏そのものだ。ただ、と、ふとμは考えこんだ。
――本当に平和なら、自分のような存在が生み出される必要性とは、何なのだろうか。
「ああ、着いたよ。ほら――」
エメレオに促されて視線を上げる。何か大きな海沿いの施設のようだが。石看板に目が行った。
『東シンカナウス海洋観測基地』
促されてエントランスホールに入ると、ラウンジが右手に広がっていた。名前の通り観測所としての機能に主眼を置いているからか、あまり凝った作りではないようだが、ガラス張りの円形の空間には開放感がある。談話用に黒い革張りのソファやガラステーブルがいくつか点在する中に、数人の人影がある。エメレオはそちらに向かって歩き出した。
「やあ、ご無沙汰しているね」
「ヴァーチン博士、お久しぶりです」
待ち人とエメレオが会話をしている間に、μは瞬時に目を走らせた。短い時間の走査だが、誰にも攻撃性はないと判定。しかし、と眉根を寄せる。
エメレオは研究畑の人間のはずだ。その彼が接触しているグループの中に、妙に荒事に慣れていそうな佇まいの者がいるのが気になった。
(……生物特有の呼吸音がない。男性型アンドロイド? それにしては妙に……)
どこか仕草に強い癖のようなものがある、とμは感じた。