Vol4:ソウルコード

 
「では、我々に与えられた人格の核となるパラメータとは何だろうか?」
 
 ゼムの言葉が続く。
 
「行動決定要因を左右するのは、なにも論理的計算だけではない。確率論だけならばいかにそれが最高の成功率であり、最適解であったとしても、最もよいと評価される結果には合致しない時がある。なぜか」
 
 ――人間とは感情の生き物でもあるからだ。

 
「生物とは根源的に生存のための欲求を植え付けられて存在する。その上で社会的生物として、人間はさらに複雑な判断ルーチンを構築していた。この判断基準、反応基準はカテゴライズでき、それぞれに平均値・中央値こそあれど、厳密に精査すればするほど実に千差万別であることが分かった。認知科学者エメレオ・ヴァーチンが、『あらゆるパターンを「何者か」が試そうとしている。組み合わせ爆発が起こった結果だとしか思えない』と評したほどだ。――さて、その判断基準を決定する要因の根本的なパラメータは、長年の研究調査の結果、物理的なところではなく、奇妙なことに、遺伝子の塩基配列が保持しているエネルギー価の微妙な波形にあることが発見された。――μ(ミュウ)。これが何と名付けられたか分かるか?」
 面倒な。そこでこちらに振るのか。聞かれて、μは半眼でゼムを見やる。手元の教本の中にあった記述と思しき部分を適当に組み合わせ、言葉に出した。
「問題の波形は、エネルギー価的には複数の帯域幅にまたがって存在しています。言ってみれば音楽の多重奏のようなものであり、一連の波形は個人の思考判断基準にフレーバーを与えるものとして、ソウルコードと呼ばれています」
「よろしい。……面倒くさがりで雑なおまえにしてはちゃんと学習してきたな、μ」
「一言多いんですけど、教官」
 μの苦い顔に、どっとルームが笑いに沸いた。
「――このソウルコードが、君たちに与えられたパラメータだ。君たちはそれゆえに、誰かの魂のコピーをもらったようなものであるから、君たちの親とは元になった遺伝子情報を提供してくれた人間のことかもしれないな。ちなみに、ソウルコードは現時点で九割九分、解読が終わっている。だが、未だ分類・解読が進んでいない未知のコードが存在する。通常、ソウルコードは個人の精神的変化、思考系の成長、後退によって頻繁に書き換えが起こる。その条件や法則性もつかめてきている。それに対して、この未解読のソウルコードの持ち主は、十万人に一人程度の確率でしか存在していない上に、判明している発火条件や法則性のいずれにも当てはまらず、書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。分かっている共通点は一つ。このコードが発火したと思われる人物は、多かれ少なかれ、社会や歴史に大きく影響を及ぼす成果を残している、ということだ。知名度、有能さはそこに多少比例すれど、高い相関関係ではない。しかしマイナスよりはプラスと確実に判断できるだろう。故に学者たちは、ソウルコード研究でも特に未踏領域とされるこのコード群を、こう呼んでいる」
 
 μは、目を大きく開いた。何があったわけでもない。ただ、全身を巡るエネルギーが励起したような感覚を覚えた。
 
「――ホワイトコード、と」
 
 

 
 
 先ほどの、頭が痛くなるようなゼムの長話について、改めて復習がてら要点を整理するとしよう。
 とりあえず、アンドロイドである自分たちは、歴史的に人類の悪戦苦闘と積み上げられた研究の末、作り上げられた存在だった。
 そして、人間のソウルコードと呼ばれる、人格、人生構成に大きく寄与するような遺伝子情報を流用して、より作戦行動に適した人格がどれか、検証実験の段階にある機体でもある。
 そのソウルコードの中でも特殊な立ち位置にある、ホワイトコード、という言葉に、μは妙に惹かれていた。
 十万人に一人程度の確率でしか存在していない、特殊なソウルコード。発火条件、法則、いずれも正体不明。書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。それは、とても神秘的な響きだ。蠱惑的な色さえもって瞬き、μの感性に囁きかける。
「私たちのソウルコードってさ、確かブラックボックス化されてるんだよね?」
 座って話を聞くだけの苦痛の時間が終わったあと。μは考え込みながら、隣にいたλ(ラムダ)に話しかけた。
「え、よく知らないけど、そうなの?」