Vol.19:苦戦

「ほらほら、どうしたァ!? シンカナウスご自慢のアンドロイドはその程度の性能かァ!」
「っ……!」
 
 頭上からブーツの踵が重く振り落とされた。ひやりとしながら掌底で受け流すと、相手の体とすれ違うように位置を入れ替える。
 一撃一撃、機械化によって限界まで強化された人間の繰り出す攻撃は、μミュウの体に十分驚異的なダメージを与える威力を持っている。
 それが、間髪入れずに連続で襲ってくる。
「っはははははは!」
「あああああああっ!」
 連弾攻撃。息つく暇もない戦いの雨を、μは限界まで目を見開いて、すべて捌ききる。

(威力を減衰させればそこまで怖いものではない、けれど――っ!)
 防戦一方というわけではない。隙を見ては反撃するが、防がれる。膠着状態、というのが正しい。
 だが、仕切り直そうと距離を稼げば――。
 
「おら、食らえやァ!」
 
 慌てて全速で空を横に滑り、回避行動を取った。一瞬遅れてμがいた場所を幾筋もの弾丸が貫いた。機銃掃射。弾丸の出所は相手の腕から盛り上がって出てきた銃口である。
(人間のくせに、なんてデタラメな武装! どこからどこまでが生身なんだ!?)
 心の内で絶叫した。冷却液が思わず体表ににじみ出てくる。人はそれを冷や汗と言うらしいが、どちらにしても不快極まりない。内燃機関も先ほどからかなり回転数を上げている。
「なぁ、アンドロイドにはこういう『標準装備』ってのはねぇのかぁ?」
「……」
「ま、あったらとっくにこっちの鎮圧に使ってるか。頑丈で速いが、戦闘向きの作りはえらくシンプルってわけか?」
 ドリウスは獰猛な笑みを浮かべた。μからすれば、実際のところ、自分の手の内を教える義理もないので、黙っているだけなのだが。
「それにしても拍子抜けだぜ」
 傭兵の男は肩を竦めた。がっかりした、とでも言いたそうな顔だ。
「シンカナウスの凶悪な技術力で作られたアンドロイドだ、戦ってみりゃあヤバイ性能に違いないと思ったわりに……攻撃が大人しすぎる」
 次の瞬間、目が、獲物を狩る獣の如く酷薄な色を帯びた。
「ガール。エメレオ・ヴァーチンが作ったのは、所詮はかわいいお人形さん止まりだったってことだな。――テメェの拳には殺意がねぇ。『必ず殺す』、そういう必殺の意思がない」
「!」
 μは顔を歪めた。
「殺し合いに気概は必要だ。絶対に目の前の相手を殺す……その意思がなけりゃ、駆け引きもなにもあったもんじゃねぇ。俺にその拳は届かねぇよ。テメェがさっきからやってるのは、ただ死なないだけ、負けないだけの時間稼ぎ……」
 ドリウスは軽く腰を落とし、
 
「『欠陥品』だ。殺戮人形と呼ぶにゃあ、あまりにも生ぬるい」
 
 そんな評価を、アンドロイドに対して下した。
 そして気づけば、μの目の前まで彼は肉薄していた。
「っ!」
 今までにない速さに、反応しきれなかった。
(いや、違う)
 即座に頭が否定した。
(今まで、本気で動いていなかった――ッ!?)
 腹に砲撃のような蹴りを受け、μはまともに吹き飛んだ。
 
「がっ、ぁあああああああああああああああ!?」
 広い敷地の端まで吹っ飛び、舗装を大きく削りながらμの体は止まる。
 
「――、ぅ……!」
 がくがくと体が震える。衝撃を受けた頭が、全身が、警報をガンガンと制御中枢にたたきつけてくる。
(立て! 立たないと、早く立たないと、相手に抜かれる! 後ろに行かれたら、博士が……!)
「……っ」
 腕をついて身を起こすと、揺れる視界の中に、遠くに傭兵の影が映った。
「おいおい、まだやるのか? 頑丈さだけはピカイチだな」
 心底馬鹿にして、侮りきった声が響く。
「ま、おまえをじっくりスクラップにしてから、博士を迎えに行ってやるよ。――どうせ、俺がいなくても、護衛が剥がれた人間一人、機械兵器の数さえそろえればどうとでもなる」
 そこで一旦言葉を切ると、ドリウスは地を蹴った。一瞬の間に距離を詰めたかと思えば、μの胸郭を機械人間の法外な脚力で踏みつけた。
「無駄な足掻きご苦労さんってこったなぁ!」
「ガ、ァッ――!?」
 体の中の機関がぐしゃりと歪む音がした。警告。警告。頭の中を赤いエラーが埋め尽くす。嫌な軋みを上げてどんどん胸が平たくへしゃげていく。
「ぎ、ぐっ……!」
 手を、胸を踏みつけている足に回した。一本一本の指で、足を胸から引き剥がそうと、それが叶わなくともこれ以上の圧力を加えられぬようにと、か細い抵抗を続ける。
「まだ抵抗すんのか、面倒くせえなぁ……さっさとくたばりやがれ」
「ぅっ! ぇぐっ!」
 ガン! ゴン! と、何度も強く踏みつけられる。
 だが、手指がへしゃげても、心臓部だけは死守すると、なけなしの力で受け止め続けるμに、業を煮やしたようにドリウスは唇の端を曲げてみせた。
 そして、次の瞬間、怪訝そうに眉を潜めた。
 
「……、………………ぁ?」
 
 そして、μは、気づいた。
 
 ひび割れた胸郭から――蒼白い光が漏れ出ていた。