Vol.22:私の意味は。

 λラムダが懐に潜り込もうとするのを、慌てた様子で傭兵が避けるのがμミュウの目に映った。
「二度も同じ手を食らってたまるかよ!」
「――シッ!」
 λの叱声と共に、後退したドリウスの足下に、鋭く足払いが仕掛けられる。
 軽く跳んで躱されるも、そのままλは足先で地を弾く。逆立ちしたまま跳ねて後ろへ回転、両足で着地するなり、背中にベルトで吊り下げていた装備を引き抜いた。
 三十キロをくだらない重い武装の先に弾けるは、雷霆らいていにも負けぬ青白い閃光。
「食らえ!」

 ドムッ――と物騒な重低音と共に発射された光弾は、舗装を舐めるように溶かした。ソフトクリームさながらに柔らかくどろりと変形した舗装が、赤熱して燃えながら溶け落ちる。
「――っ、殺意高ぇな、おい!」
「あんたがさんざん痛めつけた妹分ほど、私は優しくも甘くもないの。――死ね、豚」
(怖い!!!!???)
 氷点下の目付きと醒めきった口調、そして女王もかくやという青き姉貴分の暴言に、μは敵として相対している訳でもないのに心底から震え上がった。
 そこからは猛攻だった。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
 μのようなためらいも慈悲も遠慮も容赦もない、連撃、追撃、そして速射。冗談じみたエネルギーが籠められたプラズマ砲撃が馬鹿撃ちされ、瞬く間に海洋観測基地の敷地を火の海に変えていく。だが、ドリウスは雄叫びを上げながら全て回避した。
 捉え切れていない。チッとλは舌打ちした。
「蝿のようにちょこまかと。ウザいわね。――μ、援護して!」
「は、はい!」
 初めて耳にするドスの効いた声に、μは怯えながらも宙を駆ける。
「っ、テメェの腑抜ふぬけた一撃なんぞ――ッ!?」
 回り込んできたμに、ドリウスは砲撃のような拳を突き出したが――そこで、気づいた。いつの間にか、μの腕に篭手が装着されている。腕だけではない。λと名乗ったアンドロイドと同じ胸当て、補助装具、スコープ――。
 完全武装。
 それが、ドリウスの攻撃を受け止めても、安全マージンとなってμの体を守っている。ただでさえ堅牢な作りのアンドロイドの防御力が、さらに底上げされ、攻守一体と化した武装になっていた。
「あのデケぇバックパックの中身はそれか……っ!」
 篭手からλの砲撃と同じ光がちらついたのを見て取るや、ドリウスはやはりずば抜けた危機察知能力で跳びすさる。だが――。
「くそっ、またか!?」
 μはそれでも追いすがる。
「うぁああああああああああああああっ!」
「ごぁあああああああああああああああっ!?」
 至近距離からの小砲。
 まともに食らった。
「ちぃっ!」
 腹から煙を上げながら、ドリウスは何かを宙に放り出した。
 μの動体視力が捉えたそれは――。
(閃光弾!?)
「λ、目を閉じて!」
 ドリウスが遮光ゴーグルを下げるのを視界に入れ、声を上げながら、μは同様に目を閉じる。次の瞬間、光が一面を埋め尽くした。腕でまぶたさえぎり切れない分の光量をカットしつつ、μは塞がった視界の中で回し蹴りを放つ。それが、ドリウスの蹴りと交差する。
「っ――何で受けられるっ!?」
 次いで、右腕で振り下ろされた手刀を受け止める。
「何で、『分かってる』んだ、っテメェはよぉおおおおおおおおおお!?」
 だが、そこまでだった。
 μの腕を、そこに用意していた煙幕弾を叩き壊すようにして、ドリウスは勢いよくその場から離脱した。
「! 待てっ、この豚虫――くっ!」
 λが気づいて追いかけようとするが、逃げの一手に走った傭兵が牽制とばかりに放つ機銃掃射に、悔しさ混じりに身を引いた。μは追撃を加えなかった。――機体の損壊状態としては、単独での深追いは禁止だと、MOTHERから指令が下っていた。
 
「――逃げたか……あの男……」
 
 地を這うほど低い怒りの声を落としたλは、ひとつ息を吐く。
 
「MOTHER。――申し訳ございません。敵を取り逃しました」
『被害が最低限にとどまっただけ、良しとしましょう。――指令オーダー。TYPE:μ、TYPE:λの二機はそのまま、TYEP:εイプシロンの支援に向かえ』
「「了解」」
 
 μは呼吸で胸を一度上下させる。――形状再生機能がうまく働いている。先ほどよりはまともな形を取り戻しつつある胸郭と内部機関に若干安堵を覚えつつ、λに続いて中空に浮かび上がった。
 
 一気に加速し、通信で受け取った座標へ急行する。
 
(博士……MOTHER……)
 
 風で暴れる髪に隠して、μは目を伏せた。
 ――どうして、殺せないことが、設計通りなのだろう。
 
(なぜ、あなたたちは、このように私のことを作ったのですか)
 
 
 役割を果たせない、欠陥だらけの殺戮人形に。
 
 
 意味など、ない。