Vol.24:エメレオの確信

 
「なんだって科学者一人に、僕たちがこんなに振り回されるんですかね……準戦略兵器を三体も運用するような事態なんて、戦争でも始まるんですか?」
 ぼやきながら、ε(イプシロン)は眉を潜めた。追撃とばかりに後からやってきた小型ヘリの部隊を認めたからだ。
「…………まさか、本当に?」
「――ヘリは国内製だけど、よく見ると武器の種類が違う」
 εが築いていた硬化バリケードの影に飛び込んだ科学者は、傷の痛みに息を荒らげながら呟いた。のほほんとした普段の言動に似合わぬ、鋭い目線がεに投げかけられた。
「エントの武装だ」

「――彼の国が、経済崩壊回避を言い訳に戦争の準備をしているという噂がありましたが。事実でしたか。相手が同盟国とは、節操もない」
 自身のエネルギー発生機関経由でリチャージを行うと、εは砲装を構え直した。
「――同盟国だから、さ。そうでなければ、これほどの戦力をこっそり送り込むなんて真似はできない。他国の戦艦や母艦が許可なく指定外の場所に空間転送で領空にやってくることは、シンカナウスの防空装置でほぼ不可能になっているからね。他国間でも言わずもがな、だ」
「その点我が国ならば、合同演習など目的の偽装さえうまくいけば、妨害装置の破壊なしに不意打ちが可能、と」
 その通りだ、と科学者は頷いた。
「さっさと装置を破壊してしまえば、戦力を送り放題になる。そして、すべてを攻め落とした暁には、我が国の無類の技術力と生産設備が手に入る。軍事的最強の地位を手に入れたなら、次は経済的な搾取が始まるだろう――ッ!?」
 エメレオが最後に声を詰まらせたのは、εが最大チャージを行った砲装で、ひときわ巨大な光線を放ち、ヘリの集団をまとめて焼き払ったからだった。
 爆風、爆煙。烈風が押し寄せ、εのこれといった特徴のない焦げ茶の短髪を揺らした。 
「――ならば、押し寄せる外敵はすべて薙ぎ払うまでの話です」
 赤い炎の光に照らされながら、淡々とεが述べた殲滅宣言に、エメレオは少し青ざめた。
(あれ、もしかして。試用機体(プロトタイプ)たちって、ひょっとして――大なり小なり、けんかっ早かったりするのかな?)
 
「――博士!」
 あとでMOTHERに聞いてみようかな、と、少し悩んでいる科学者の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 顔を上げると、二体のアンドロイドが宙を飛んでいる。
 
λ(ラムダ)! と――μ(ミュウ)!? 君、どれだけボロボロにされたんだい!?」
 
 λの後ろで目立たないようにしていたものの、明らかに変形しているμの胸部を目にして、エメレオは愕然とした。同じように憮然としていたμは半眼でエメレオの肩口の傷を見据えている。こっちが必死に守ったのに何をうっかり怪我しているんですか、とでも言いたそうに。
(確か、戦闘型アンドロイドの外郭強度だと、壊すには最低でも数トンから数十トン級の衝撃が必要で――え? 何? あの機械人間、どんな化け物みたいな改造が施してあったの?)
 咄嗟に天才頭脳が強度計算を弾き出したものの、必要出力の数値のデタラメさに自身の脳を疑って計算し直し、やっぱり間違っていないと気づいて青ざめた。
「――あのシステム、実装しておいて正解だったなぁ……」
 そして、「お試し体験だ」と戯れ言のように起動して、彼女を応援しておいて本当に良かった。
 対ドリウス戦のあらましの報告を簡易に聞いて、さらに確信を深める。
 ――おそらく、λの介入だけでは、ドリウスとやらをこれほど早く追い払えなかっただろう。
 MOTHERの動作支援を受けた『だけ』のλでは捉え切れていなかったのだから、相手は機械化された体を扱い慣れた、相当な手練れのはずだった。