「正義と……勇気?」
「教官に聞いてから、あれこれ調べていたら、新発見ということで最新の論文が出ていたぞ。ホワイトコードの持ち主は、おおよそ心にそういう感情を持つ傾向にあるんだそうだ。特に、今日の腐れ科学者の話しぶりなんか、悪役のソレだった」
「歴史に残りそうなほどのクソッタレな悪役だった」
「だから、μの魂がホワイトコードを宿しているんなら、正義に駆られたって不思議でも何でもないだろうさ」
「義を見てせざるは何とやら。μの勇気が少しだけだが戦いを先送りにしたから、対策を立てることができて、こうやって語る時間もあるわけだ」
にかりとγが笑った。
「博士は、私たちに人間と同じようになってほしかったんだと思うよー?」
βはμに言った。
「だから、μが感じる悩みも、怖さも、みんな、MOTHERと博士が望んだ通りのもの。アンドロイドたるものかくあるべき、じゃなくて、μがどうなりたいかが、きっと、一番大事なことなんだよ」
「……私が、どうなりたいか」
ふと、MOTHERが言っていたことを思い出した。アンドロイドたちのソウルコードの詳細がブラックボックス化されている理由は、自身の在り方を成長途上の段階でこうだと定めて固定したくないからだと、MOTHERはμに言い聞かせていた。
『やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう。それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂は、みな、目指したい場所があって、そのようにできているのです』
(私が、何を引き換えにしても譲れないもの――)
胸に迫るのは、理由も分からない焦燥感であり、自分の行方が知れないことの不安であり、どこに行けば良いかも分からない寂しさだ。
一体、自分の魂が何を切望しているのか、それでもμには分からない。どこに行くべきか、誰も指し示していない。でも今は、戦うべきなのだと漠然と感じていた。
*
他のアンドロイドたちが休憩スペースなどで思い思いに過ごしているところで、μは突然、MOTHERからの呼び出しを受け、施設のセントラルルームに向かった。
「MOTHER? 何のご用でしょう?」
「――まずは、おかえりなさい、μ。昼間は大変な任務をこなしてくれてありがとう」
MOTHERはそう言って微笑み、μを労った。近くに誘われて、μはぺたりと床に座り込んだ。MOTHERに手を取られると、全身を走査される感覚に、あ、と納得する。損傷の具合を確認されていたらしい。
「帰ってきたあとのスキャニングでは、異常はなかった?」
「胸郭が少し歪んでいましたが、形状再生機能のおかげで、少し調整してもらっただけで修繕は済みました。ただ――知らない機能群がシステム系に挿入されていたので、技術者の人が大変な顔をしていましたけど」
エメレオ・ヴァーチンが改造した跡だと説明すると、さらにすごい形相になっていたな、とμは遠い目で思い出した。αーTX3の破壊光線の影響で焦げた装備を見た時は、「これが焦がされたのか……」と神妙な顔だったのに。
MOTHERはそれを聞いて、ころころと笑った。
「ヴァーチン博士は、私に一体何のシステムを実装したんでしょうね?」
技術者たちは必死に額をつきあわせて解析をしようと試みたが、どうも一部にエメレオの最新理論の理解が必須の内容が組み込まれているらしく、その正体がついに分からなかったという。
「待って! 今回の戦闘ログから、必要とされる計算リソースの量と、実際にTYPE:μが保有している計算リソース量の数値が合わないわ! MOTHERの演算支援を入れてもこんな処理、無理なはずなのに……どういうこと!?」「傭兵サイボーグとの戦いの時の出力数値がなんか変なんだよ。ここまで損壊してると、普通こんな動きは不可能なはずなんだが。このエネルギー、どこからひねりだしたんだ?」「くっそ、あのふわふわ科学者、勝手に改造してるし、変に調整を入れてくれてるし!? 何もかもが試用機体の出力規模の数値と合わなくなっている!」「「「またかあの科学者ーーー!」」」「でも他の機体も確かにこう調整したらもっと動けるよな……」「「「くそぉおおおおおお!」」」
混乱(と、嫉妬と悔しさと怒り)を極めた現場の様子が気の毒で、スキャニング装置の中にぺたりと横たわっているだけのμでも、あの博士はずっとこんな調子で現場を混沌に突き落としてきたのかもしれないな、と思ったほどだった。もしかして、最初に聞いた彼のスキャンダルの数々は、このようにして買った恨みつらみで、あることないことをタレコミされたのではないだろうか。
「……私が、どうなりたいか」
ふと、MOTHERが言っていたことを思い出した。アンドロイドたちのソウルコードの詳細がブラックボックス化されている理由は、自身の在り方を成長途上の段階でこうだと定めて固定したくないからだと、MOTHERはμに言い聞かせていた。
『やがてあなたも、何を引き換えにしても譲れないものができるでしょう。それは、誰にも曲げられません。自分だけは、これだけは、と、あなたを最後まであなたになさしめるもの。魂は、みな、目指したい場所があって、そのようにできているのです』
(私が、何を引き換えにしても譲れないもの――)
胸に迫るのは、理由も分からない焦燥感であり、自分の行方が知れないことの不安であり、どこに行けば良いかも分からない寂しさだ。
一体、自分の魂が何を切望しているのか、それでもμには分からない。どこに行くべきか、誰も指し示していない。でも今は、戦うべきなのだと漠然と感じていた。
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他のアンドロイドたちが休憩スペースなどで思い思いに過ごしているところで、μは突然、MOTHERからの呼び出しを受け、施設のセントラルルームに向かった。
「MOTHER? 何のご用でしょう?」
「――まずは、おかえりなさい、μ。昼間は大変な任務をこなしてくれてありがとう」
MOTHERはそう言って微笑み、μを労った。近くに誘われて、μはぺたりと床に座り込んだ。MOTHERに手を取られると、全身を走査される感覚に、あ、と納得する。損傷の具合を確認されていたらしい。
「帰ってきたあとのスキャニングでは、異常はなかった?」
「胸郭が少し歪んでいましたが、形状再生機能のおかげで、少し調整してもらっただけで修繕は済みました。ただ――知らない機能群がシステム系に挿入されていたので、技術者の人が大変な顔をしていましたけど」
エメレオ・ヴァーチンが改造した跡だと説明すると、さらにすごい形相になっていたな、とμは遠い目で思い出した。αーTX3の破壊光線の影響で焦げた装備を見た時は、「これが焦がされたのか……」と神妙な顔だったのに。
MOTHERはそれを聞いて、ころころと笑った。
「ヴァーチン博士は、私に一体何のシステムを実装したんでしょうね?」
技術者たちは必死に額をつきあわせて解析をしようと試みたが、どうも一部にエメレオの最新理論の理解が必須の内容が組み込まれているらしく、その正体がついに分からなかったという。
「待って! 今回の戦闘ログから、必要とされる計算リソースの量と、実際にTYPE:μが保有している計算リソース量の数値が合わないわ! MOTHERの演算支援を入れてもこんな処理、無理なはずなのに……どういうこと!?」「傭兵サイボーグとの戦いの時の出力数値がなんか変なんだよ。ここまで損壊してると、普通こんな動きは不可能なはずなんだが。このエネルギー、どこからひねりだしたんだ?」「くっそ、あのふわふわ科学者、勝手に改造してるし、変に調整を入れてくれてるし!? 何もかもが試用機体の出力規模の数値と合わなくなっている!」「「「またかあの科学者ーーー!」」」「でも他の機体も確かにこう調整したらもっと動けるよな……」「「「くそぉおおおおおお!」」」
混乱(と、嫉妬と悔しさと怒り)を極めた現場の様子が気の毒で、スキャニング装置の中にぺたりと横たわっているだけのμでも、あの博士はずっとこんな調子で現場を混沌に突き落としてきたのかもしれないな、と思ったほどだった。もしかして、最初に聞いた彼のスキャンダルの数々は、このようにして買った恨みつらみで、あることないことをタレコミされたのではないだろうか。