「――私にも、すべては分からないシステムだけれど。でもそうね、心当たりならありますよ」
「MOTHER?」
あっさりと答えたMOTHERに、μは驚くと同時に、密かに感動した。こんなことまで知っているなんて、γとφのように、「ずっとついていきます」という気持ちになりそうだ。
「昨日、ここでした魂の話を覚えている?」
「はい」
μは頷いた。覚えているも何も、先ほど、γたちとの会話で思い出したばかりだ。
「魂とは、高密度のエネルギー記録型情報体……私はそう言いました。あそこでは詳しくは触れませんでしたが。情報は、我々がまだ正しい入出力方法を知らないだけの、一種のエネルギー型の記録かもしれません。そして、そこに行動プログラムが付与されることで、それ一個で独立した生命体として存在するものなのだろうと、エメレオは推論していました」
μは、ん、と首を傾げた。それとエメレオが実装したシステムの間に、関係があるというのだろうか?
「つまり、逆に言えば、情報や意識というものの存在を担当するエネルギー領域が、我々の時空には存在している。それは、物理的かどうかはさておいても、莫大な情報空間を規定していると推定されるのです。――エメレオが見つけたのはおそらく、その記録帯へのアクセス方法と、実際の技術化における応用理論でしょう」
「……」
全くピンとこない。μが眉根を寄せて考え込んでいるのを見守っていたMOTHERは、実際の母親がそうするように、柔らかな笑顔でμの頭を撫でた。
「例えば、予測計算速度の速さ。あるミサイルの弾道を予測するのにコンマ五秒、かかるとします。その間に処理されている命令や計算処理の数が七千億回だとしましょう。基本的には、ミサイルの数だけ、処理の数も、予測に要する時間も増えます。これは、立体空間において、時間も考慮に入れた四次元の計算を行う必要があるからですね」
そこまではμでも分かる。頷くと、MOTHERは、では、と続けた。
「これらのミサイルが直近で描く物理的な軌道の情報が、情報空間に先んじて焼き付いているとしたら、どうでしょう。わざわざ計算するよりも、それを取ってきて処理する方が早いですよね。この場合、ミサイルの弾道を予測するには、コンマ○○○○○五秒あればいいことになり、かつ、実在の情報を取ってくるわけですから、格段に精度も上がるのです。弾道を予測する計算処理が減るからです」
目が点になった。
「MOTHER……それは、もはや計算ではなくて、結果の『取得』です」
「ええ。でも、心当たりはあるのではないかしら?」
――確かに、とμは頷いた。傭兵のドリウスと戦った時、閃光弾の中でろくに見えていないけれど、彼からどんな攻撃が加えられるか、その位置まで分かっていた。MOTHERの仮説通り、そのような情報取得が適宜織り交ぜられ、システムが最適化されていたのなら。技術者たちが言っていた通り、従来通りの方法ならとても本来の性能に見合わないほどの量の処理や動きだってこなすことができただろう。実際にμは、それを『できる』と判じてやってのけたのだ。
それに、あのαーTX3の砲撃は完璧な不意打ちだった。躱すことなど到底できなかっただろう破壊光線を回避して、アンドロイドたちが一機も欠けることなく残存したのは、情報世界に焼き付いた凶兆のような射線の情報を見ることができたから、だったのだろう。
あれ、と、μはそこで、次の疑問を抱いた。
「――いつの間に、起動していたんだろう」
本来ならば、エメレオがμに新システムを実装した段階で、起動符牒を実行しなければ、このシステムが効力を発揮することはなかったはずだ。
「――記録を見る限り、ドリウスとやらと戦っている最中に、エメレオが遠隔で機能を限定解除したようですね」
MOTHERの言葉に、ぎょっとμは目を剥いた。ハッキング防止のために、本来ならばそんな遠隔操作機能はまっさきに排除されるべきものだったのに、なぜそんなものが自分の中に実装されているのか。強制停止信号だけは一時的なキーで設定できるようにしてあるはずだが、その設定をされたリモートキーは今は施設の中で監視員が保管している。
「つまり、逆に言えば、情報や意識というものの存在を担当するエネルギー領域が、我々の時空には存在している。それは、物理的かどうかはさておいても、莫大な情報空間を規定していると推定されるのです。――エメレオが見つけたのはおそらく、その記録帯へのアクセス方法と、実際の技術化における応用理論でしょう」
「……」
全くピンとこない。μが眉根を寄せて考え込んでいるのを見守っていたMOTHERは、実際の母親がそうするように、柔らかな笑顔でμの頭を撫でた。
「例えば、予測計算速度の速さ。あるミサイルの弾道を予測するのにコンマ五秒、かかるとします。その間に処理されている命令や計算処理の数が七千億回だとしましょう。基本的には、ミサイルの数だけ、処理の数も、予測に要する時間も増えます。これは、立体空間において、時間も考慮に入れた四次元の計算を行う必要があるからですね」
そこまではμでも分かる。頷くと、MOTHERは、では、と続けた。
「これらのミサイルが直近で描く物理的な軌道の情報が、情報空間に先んじて焼き付いているとしたら、どうでしょう。わざわざ計算するよりも、それを取ってきて処理する方が早いですよね。この場合、ミサイルの弾道を予測するには、コンマ○○○○○五秒あればいいことになり、かつ、実在の情報を取ってくるわけですから、格段に精度も上がるのです。弾道を予測する計算処理が減るからです」
目が点になった。
「MOTHER……それは、もはや計算ではなくて、結果の『取得』です」
「ええ。でも、心当たりはあるのではないかしら?」
――確かに、とμは頷いた。傭兵のドリウスと戦った時、閃光弾の中でろくに見えていないけれど、彼からどんな攻撃が加えられるか、その位置まで分かっていた。MOTHERの仮説通り、そのような情報取得が適宜織り交ぜられ、システムが最適化されていたのなら。技術者たちが言っていた通り、従来通りの方法ならとても本来の性能に見合わないほどの量の処理や動きだってこなすことができただろう。実際にμは、それを『できる』と判じてやってのけたのだ。
それに、あのαーTX3の砲撃は完璧な不意打ちだった。躱すことなど到底できなかっただろう破壊光線を回避して、アンドロイドたちが一機も欠けることなく残存したのは、情報世界に焼き付いた凶兆のような射線の情報を見ることができたから、だったのだろう。
あれ、と、μはそこで、次の疑問を抱いた。
「――いつの間に、起動していたんだろう」
本来ならば、エメレオがμに新システムを実装した段階で、起動符牒を実行しなければ、このシステムが効力を発揮することはなかったはずだ。
「――記録を見る限り、ドリウスとやらと戦っている最中に、エメレオが遠隔で機能を限定解除したようですね」
MOTHERの言葉に、ぎょっとμは目を剥いた。ハッキング防止のために、本来ならばそんな遠隔操作機能はまっさきに排除されるべきものだったのに、なぜそんなものが自分の中に実装されているのか。強制停止信号だけは一時的なキーで設定できるようにしてあるはずだが、その設定をされたリモートキーは今は施設の中で監視員が保管している。