「シンカナウスより – 後編」プロローグ
「皆様、お忙しい中、こうして時間を割いていただきまして、誠にありがとうございます」
がらんとした会議室に、ゆったりとした口調で男の声が響いた。暖色の明かりが取られた部屋の中、磨き抜かれた黒い床の上に並べられた白いテーブルが、電子機器の青白い光に照らされて仄かに浮かび上がっている。
上質な設えの黒革の椅子をきしませ、男は手を中空に差し伸べる。その先の大きなスクリーンには、複数の人物の映像が映し出されていた。
「今回の戦争で活躍している戦闘型アンドロイドに関しまして、このたびのプロジェクトには皆様の多大なご協力をいただいております。しかしながら、主だった方々の中には、途中役職の交代等も挟まりまして、ここで初めて顔を合わせる方もいらっしゃると聞き及んでおります。なので、改めてこの場に集われた方々のご紹介を、軽く私よりさせていただきます」
そうして、仮想の場に集った面々の名前と肩書きが紹介された。
「ロドリー・オルバーン様。シンカナウスの技術開発担当相であらせられます。今回のプロジェクトで発生した様々な課題に技術支援をするべく、とりまとめと調整を担当したのが技術省です。続いては、カクタス・マクヴェン様。ドロイドリード株式会社代表取締役社長。アンドロイド製造企業のトップを務めておられます――」
――などと、蕩々とした口調で、十数名の人間が紹介を受けていく。
「――ところで、我々がこのように呼び出されたのは、あのしち面倒なブラックボックスの件が原因だと聞いた」
数分の時間を要したスクリーン越しの顔合わせのあとで、重々しく口を開いたのは、オットル・ロスダールだった。試用機以前の制御体作成計画で、アンドロイド型のMOTHERシステム制御体作成時から、安置施設の建設、研究・実験施設と設備面の整備等において、金銭面で多大な援助を行った財閥の一族にして、ロスダール銀行の副頭取である。
「試用計画は順調だと先日説明を受けたはずだが。なぜ今になって、ブラックボックスの開示を急ぐ必要がある? そもそも、あれは技術的にも開示日はあとにも先にも動かせぬという代物ではなかったか。我々の生体情報の認証キーを当日提出すればよいという話だったが、違うのかね」
訪ねられた男は、柔和に微笑みを貼りつけていた表情を静かに引き締めた。
「――事情が、変わりました。それについて詳細をご説明申し上げるための会合です」
存外に重い声音に、大なり小なり大儀そうな雰囲気を出していた会議の参加者は、聞く態度を少し真面目なものに変えた。
「エントが、同盟国であったにも関わらず、昨日からシンカナウスへと侵攻を始めました。政府から緊急事態宣言が発令されたのはご存じの通りです。そして、国防省から、試用機体の疑似人格傾向に関するデータのブラックボックスを早急に解除せよとの要求がございました。理由は、緊急承認を下した代わりに、安全規定に照らして正確な暴走の危険度を確認するため、とのことです」
「それで? 回答は変わらんのだろう?」
ルスト・ヘップが声を上げた。シンカナウス遺伝子研究機構――世界中から集めた遺伝子サンプルを元に、人間の人格・人生形成に深く関わるエネルギー型遺伝子であるソウルコードの解読とアンドロイドへのコーディングについて、知見の提供と技術支援を行った組織の会長である。
「あとにも先にも、開示日をずらすことはできない。エメレオ・ヴァーチン氏が示した三年という試用期間は、認知学的にも幼児が物心をつけ、人格が固定化するまでの期間と同義だと聞いている」
「はい、その通りです」
男はもっともである、と頷いた。