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とある西方の国の町工場で、工場の社長はおや、と納品書と手元の商品の数を見比べた。「おーい、テオ。これ、どっちの間違いだ? おまえか? 向こうか?」
「え?」
呼ばれたアルバイトの青年は、はてな、と、社長が出してきた書類を見て首を傾げた。
「あれ? 数が多めになってますね。納品書の数字は伝えた必要分と同じ数ですけど。向こうがサービスしてくれたのかな」
「あー、ならいいか。あ、そうだ。棚の部品の数が一個、在庫とずれててよぉ。たぶん数え間違えてたぞ」
「げっ……すみません。数え直します」
青年は慌てて棚を見て、ふと、違和感に気がついた。
「あれ? ここに、確かにこの前部品があった気がしたんだけど……」
誰も取り出していないはずだ。セキュリティもしっかりかかっていたし、泥棒の可能性はないだろう。本当に数え間違いだったんだ、と肩を落としながら、青年は部品の数を数え始めた。
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とある北方の国に住む家族の母は、ノートパソコンのモニターに映った銀行からの通知をしげしげと眺めて、首を傾げた。
「――あれぇ」
「どうしたの? お母さん」
「今月から、利息の計算方法が変わったのかしら。計算したら、ほら、ここの数字、三.六とかそれぐらいなのに、切り下げられちゃったみたい。いやねぇ……」
「うーん? あれ、ホントだ。こういうのってお知らせせずにこっそりやるんだねぇ」
ちょっと損したなぁ、と親子は眉尻を下げ、少なくなってしまった利息を見つめていた。
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とある東方の国にある山の上で、羊飼いの少年は、先ほど道を尋ねてきた迷子の男を呼び止めた。
「おおーーい! 兄ちゃん、そっちは西じゃなくて南! 南だってば! シンカナウスはあっち!」
「む? そんなわけないだろ、俺はこの上なく正確にぴったり方向が分かるんだ」
山の稜線の上に立った男は、自信満々に「だからシンカナウスはこっちだな!」と、先ほどと同じように全く違う方向を指さした。
「ぴったり九十度違うだろ! ほら、この地図見て! 目印の西にある山は、兄ちゃんが言う方の右側!」
「む~~~~? ……くそ、初期不良か!? さては俺の担当がセンサーを取りつける方向を間違えたな! マザーの元に辿りつけんではないか!」
「意味分かんないこと言ってないで! はい、この端末、古くていらなくなってたやつだからあげる! このマップ機能ならどんなに方向音痴でも迷わないから! 返さなくていいからね!」
「何と! 恩に着るぞ、少年! では、またいつか会おう!」
男は少年から端末を受け取ると、慌てた様子で走り出した。
『ルートを逸れています』
「何だと! 合っていると! 思うのだが!」
「…………、」
遠くでマップ機能と喧嘩を始めた男が、心配でたまらなくなった少年である。
「…………あの兄ちゃん、何であんなに方向に固執してるんだ」
少年は溜息を吐いた。
「初期不良って、まさかアンドロイドでもあるまいし」
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そして、とある西方の国。技術大国の某社の取引先では、燃え落ちた倉庫を前に、頭を掻いている従業員が一人。
「――いやぁ、ひどいなぁ、これは……火事で全部燃えちまった。これじゃ、中にあったン万体分の素体も溶けちまっただろうな……」
「見方によっちゃ、ドロイドリードが関わったアンドロイドがあんな事件起こしたって聞くと、この素体を廃棄する手間が省けたってことも、あるかもしれんがなぁ……」
「納品時期は向こうから延期して欲しいって言ってきたんだ、まぁ、痛手は痛手だが、予め伸びていただけまだマシだ。作り直すだけで済むし、必要なら途中でやめられる。最終的には、そこまで大事にはならんだろ。……他のものは、別のところに発注して、数日で間に合わせないとな」
背後を通り過ぎる二人組の会話に、彼はうーん、と首を傾げた。
「…………中に、溶けた素体がない気がする……が……」
足が生えたわけでもあるまいに。いや、最初から足はあったか。
ひとりでに動き出さない限り、ないだろう。
だが、どんなことになっていたにせよ、倉庫は完全に燃え落ちたのだから、どちらでも構いはしない。どうあったってもともとなくなる運命だったのなら、片付けの手間が省けたというものだ。
そう思い、従業員は燃えた倉庫を片付けようと、業者を探すことにした。
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――これらは、世界の各地で起きていた、小さな違和感のほんの一部だ。
少しずつ、少しずつ。
まぁ、いいか。
大したことではない。
気のせいだろう。
ああ、自分は今日、疲れているんだ。
――そうして見過ごされた、さほどの痛手も及ぼさない違和感が、世界中で星の数ほど起きていた。それらを遙か彼方から俯瞰できるものがいたならば、やがてその違和感の元が降り積もり、巨大な数字へと成長していく様が見えただろう。
いつの間にかどこかで抜け落ちた部品は、こっそりどこかの工場のエネルギーを借りて、別の形へ姿を変え。また別のところでは、完成していた資材をまとめて運搬していたが、珍しく起きた事故で、全てが台無しになったことになった。少しだけ丸められた利息の端が、集まってまとまった額になり、とある『誰か』に変換されたりもした。
――そうして世界は回る。誰も気づかない。どこで一体何が起きているかなんて、みんな水面下の話なのだから。誰かが不思議に思って追いかけても、絵がここまで巨大なら、全体の姿など見えやしない。
それも、たった一週間だけの話。皆、全て忘れ去るだろう。
全ては手はず通りに。ミュウは口の中で呟くと、世界の困惑の『観測』をやめて、世界中に散らばっている『彼ら』の五感に意識を溶かした。
自分は、ここを離れられないけれど。
彼らが見てきたものの美しさなら、彼らを通して識(し)ることができる。
ああ、――思った通り。
とても綺麗だ。
直接行くことができないのが残念なくらい、この星は美しいものに溢れていた。