作戦決行日、フォティアは将校の部屋で二人きりで話をしていた。フォティアは、将校に折り畳んだ一通の手紙を渡し、
「私にもしものことがあったとき、将校さんや軍人の皆さんにお伝えしておきたいことをここに書き留めましたのでお預けいたします。宜しくお願いします。」
と話し出すと、将校は、
「わかりました、お預かりいたします。これをお返しできることを願っております。」
といって、机の中に大事にしまった。それは言ってみれば、フォティアの遺言書であった。昨晩アネモスに救出作戦のことを話した後、軍の皆さんに向けて伝えたいことを文章にして残そうと思い立ち書き綴ったのだ。その内容というのは、
『軍人のみなさんへ、
私は、指導官の顧問として格闘技のサポートと同時に指導も行ってまいりました。戦闘において、人を殺戮目的で使用する格闘技ではなくあくまで人を活かす武術をです。
いかに人を傷つけずに戦闘能力を削ぐのか。それを伝える私の訓練は肉体的な辛さ以外に、精神的葛藤の克服があり大変だったことと思います。本来の戦と真逆のことをするのですから尚更でしょう。それは自分のこころの中で何が起きているのかを知るための訓練でもあるのです。
思い出してみてください、格闘中に技が決まらないと意地になったり、相手をどうにかねじ伏せようと力技になったり、興奮し争そい合いになるなど、どれも思い当たるのではないでしょうか。こういった感情が実戦では憎しみ合いや殺意へと発展していきます。それはこころの闇です。
人の心には闇が多くあります。それは、何がきっかけで誘発し大きくするかは人それぞれですが、その闇の誘惑には決して乗らない精神を皆さんには作り上げて頂きたいのです。
それは相手と戦うことではなく、すべて自分との戦いなのです。そのためにいつも訓練で話すように自分の都合や欲で判断するのでなく真に正しい目で自分を見つめ誤った思いの原因を訓練中もそれ以外のときも考え突き止めそして改めるのです。これを決して忘れないように続けて下さい。それは高い精神性へと導いていきます。
ハイレベルな体術に崇高な精神が宿れば、恐怖や敵意というものは無くすべてが一つになります。皆さんもそこに至り、そして、私のことを忘れ、私を超え、もっと高みへと向かって下さい。それが皆さんへのお願いです。
軍人の皆さん一人一人にまだまだ話したいことや言葉があるのですが、お伝えすることが出来なかったことをお許しください。
将校さんへ、
将校さんには、二つのお願いがございます。
一つ目は、この愚かな戦争を早く終結させ、スコタディの人々を救って下さい。これが私からの切なる願いです。
スコタディ軍は将校さんもよくご存知のように皆悪魔に魂を売ってしまい、その状況にいることすら気が付いていないのです。もちろん薬物の影響が多大にあります。民間の人々もフォース国がこんなに穏やかで平和的な国であることは誰も知らされていません。王族や貴族のプロパガンダによる情報統制のためです。
私はフォース国で生活し始めた頃は、自分がスコタディで生まれたことを呪いました。しかし、スコタディでの家族との生活、アエラスじいちゃんとの農作業や武術稽古、軍での過酷な訓練は私にとってとても大切なことを気付かせてくれました。それは愛や勇気や正義だったかもしれません。この経験がなかったら、始めからフォース国で生まれていたら、このことを知らずに人生を終えていたのかもしれません。もちろん、軍で顧問として伝えた訓練はなかったことでしょう。
この文章を書いている今ではスコタディでの辛かった経験は自分の成長のためだったとポジティブに受け止めています。自分に課せられた試練だったと。だからと言ってスコタディのような国があることは許される訳ではありません。非人道的な行為はあってはならないのです。私や将校さんを含め、スコタディ軍から救出された方ならそのことがよくわかっているはずです。ぜひともこの戦いに終止符を打ち平和な世の中を築いて下さい。
二つ目のお願い、それは、私の教えた訓練をより多くの軍人に広め、さらに進化させてください。
私の訓練はアエラスじいちゃんの武術をベースにじいちゃんとの約束である相手を傷つけない武術を私の経験を元に作ったものです。それは自分を知り、相手を思いやるこころが無ければ成り立ちません。相手への憎しみなどあっては決して生まれないものです。軍人の皆さんへ書き残したように、私の武術は己の闇のこころに気付かせ悔い改めていくことで技が高められます。それは同時に精神の正しい成長へと向かうのです。
出来ればこの武と言うものを誰にでも理解でき体現できるようなものに進化させていってください。それは、いずれ戦争が無くなった世が来たとき、人が正しく生きる道として必要なものとなるでしょう。二度と同じ戦が起きないようにするためにも。どうか宜しくお願いいたします。
フォティア.』
と書かれていたのだった。
フォティアは、将校の部屋を出ると軍人たちと目的の戦地へ向かうための準備をはじめた。