22.街道場

 それは、アエラスじいちゃんの若かりし頃の話である。アエラスは一時期故郷を遠く離れた街に住んでいたことがあった。祖父と父親から伝えられた武術をさらに自分なりに進化させたいがために街で道場を開き教えていたのである。しかし、アエラスの稽古は厳しいため入門者が来ても長くは続かず辞めてしまうものが多かった。そのためまともな門下生はなかなか育つことは無かった。そんな状況だからと言って、アエラスは決して入門者の稽古を緩めようとはしない。門下生を育て強くすることは、自分のためでもあるからだ。強くなった弟子がいれば、いずれ自分の稽古相手にもなり自分自身をさらにレベルアップさせることへと繋がると考えていたのである。それはある意味道場を運営する者の必要条件と言えるのかもしれない。教えるものが現状に満足せず、さらに上を目指し進化することが。

 そんな少人数の門下生しかいない街道場に、ある時スコタディ国の若い軍人が数名、冷やかしに来たことがあった。軍人の一人がアエラスの道場を目にすると、

「おい、ここに道場があるぜ、どうだ腕試しでもするか!」

と言うと、別の軍人が、

「お前、街道場だぞ、素人相手にしたって何の自慢にもならないぞ。」

と言いながらも、軍人たちはアエラスの道場に入っていった。若い軍人達の肉体は当然訓練で鍛え抜かれており格闘技の訓練も行っているため自信に満ち溢れていた。軍人たちがなんの挨拶もなく道場に入るやいなや、アエラスが、

「あなたがた、入門者ですか?」

と言うと軍人の一人が、

「何だ、ほとんど生徒がいないじゃないか。ここ本当に道場かよ!?」

と言った。アエラスは厳しい口調で、

「入門する気が無いようでしたら出ていってもらえますか!稽古の邪魔になります!」

と言って追い払おうとした。しかし、軍人の一人が、

「俺が兄ちゃんに負けたら入門してやってもいいぜ!どうだ、やるか!」

と言うと、アエラスは、

「そんなことをしてまで入門者を増やす気はないのでお引取り下さい。」

と返した。軍人は、

「おいおい、もう勝つ気でいやがる。ちょっとお仕置きが必要だな、この兄ちゃん。」

と言うなり、軍人はアエラスに近づいていった。軍人とアエラスの体格差は圧倒的に軍人のほうが大きい。身長差だけでも頭一つ分軍人のほうが高い。軍人は鍛え上げられた上腕筋の力こぶを見せつけるかのようにしてアエラスの胸ぐらを掴み、そしてアエラスを持ち上げようとした。ところがだ、どうしても持ち上がらないのである。というより、軍人が持ち上げようとしても力が入らない。軍人は徐々に立ってられなくなり少し前のめりにその場に跪いてしまった。アエラスは胸ぐらを掴まれた側の相手の肘に手を添え軽く内側に返すように身体を軍人と同じ方向に向け、さらに回転し背中合わせになった。アエラスが軽く前に進むと軍人は少し海老反りになり、後ろにひっくり返ってしまった。別の軍人が、

「お前、何遊んでやがるんだ、本気でやれよ。」

と言うと、ひっくり返った軍人が、

「うるせ!ちょっと油断しただけだ!」

と言い、今度は本気でアエラスに殴りかかった。しかし、軽くかわされてしまい、軍人はすかさず反対側の腕で勢いよくもう一度殴りかかったが、これも簡単に捌かれたと同時にアエラスの腕が軍人の顎の下に伸びていた。軍人の体は一瞬浮き上がり後方にひっくり返った。そして勢いよく頭部から床に落ちた軍人は、全体重が後頭部にかかり結局この一撃で失神してしまったのである。残りの軍人も

「今度は俺が相手だ!」

と掛かっていくが、何度殴り掛かっても蹴りを入れても軽く捌かれ、全くアエラスには当たらないのだ。そして最後はアエラスの一撃でのされてしまった。結局、来ていた五人の若い軍人は皆敗退してしまったのである。その後軍人たちは帰っていったが、数日後またやってきた。今度は軍部の格闘技の指導官が同行していた。指導官は一礼して道場に入るなり、

「先日は、私共の若い連中が無礼なまねを致しまして申し訳ございませんでした。」

と言って謝罪に来た。指導官の後ろには若き軍人たちが整列して頭を下げていた。あれだけ意気込んで自信満々だった軍人たちが、一変しておとなしくしていた。アエラスはてっきりボスを連れてきて殴り込みにでもしにきたのかと考えていたので少し拍子抜けした。アエラスとしてはどちらでもよかったのだが、指導官の丁寧な謝罪に対して、

「こちらもかなり手加減したつもりでしたが、多少怪我をさせてしまい申し訳ないことを致しました。」

と言うと、指導官は、

「いいえ、自業自得です。相手の力量もわからず無鉄砲にしかけていくとは、こいつらにはいい薬になりました。しかし、これでもこいつらはかなり鍛え込んでいて軍部内でも決して弱くはないはずなのですが。大変失礼ですが、一度先生とお手合わせいただけないでしょうか?」

と言われてしまった。アエラスも断る理由もないので、

「そうですか、分かりました。今は稽古中なので終わりましたら、お相手致しましょう。」

と言い、アエラスはこの軍部の格闘技指導官と勝負をすることとなった。