29.決心

 時は過ぎ、青年へと成長したフォティアは変わらずアエラスじいちゃんのもとで働き続けていた。すっかり農作業も板につきアエラスじいちゃん不在の時も自分ですべての作業をこなしていけるほどになっていた。収穫量も以前より多くなっていたが、だからと言って家族の生活が豊かになったわけでもなく以前と変わらず貧しく厳しかった。

「母さんにもっと栄養のあるものを食べさせてあげたいけど。」

最近、虚弱な母の体調が思わしくないためフォティアはどうにかしないといけないとずっとそう考えていたのだ。そんなときフォティアは、近所に住んでいた青年が以前軍に入隊したことを人づてに聞いていたのだが、その後青年が正式に軍人になり軍部からの報酬で家族の生活がいくらか楽になったことを知ったのである。フォティアは自分の年齢なら入隊可能なのだと分かり、しばらくの間自分も軍に入隊するか否か考えていた。軍人になりさえすればきっと母もネロウも苦労せずに生活できると思ってのことである。そしてフォティアは徐々に入隊への決意が固まり、そのことをアエラスじいちゃんに話した。

「じいちゃん、俺、前からずっと考えていたんだけど、家族に少しでも楽させたいから、軍に入隊しようと思っている。母さんにもっと栄養のあるものを食べさせて元気になってほしいんだ。」

じいちゃんは、

「もう決心したのか?」

と聞くと、

「うん、まだ母さんとネロウには話してないけど。そのつもりでいる。」

とフォティアは応えた。アエラスじいちゃんは、

「そうか...フォティアが自分で決めたことじゃからじいちゃんは何も言うまい。ただのう、今までわしの教えてきたことは軍人になっても守り通しなさい。」

と言われた。じいちゃんの教えとは、武術の中で教えられたことでありそれは、

「決して人を傷つけてはならない。」

と、フォティアは声に出した。軍人になるということは、すなわち敵を殺める行為も場合によっては生じる。じいちゃんの教えを守ることは、軍隊の中ではもちろんありえないし許されるはずがない。じいちゃんは、

「軍人になればもちろん人を傷つけることになるがのう、少なくとも人を殺めることだけはするな。あえてそれをしない戦い方をしなさい。お前にはそれを教えてきたからきっと出来るじゃろう。本来、戦なんていうものはあってはならんのじゃ。」

と言った。フォティアはじいちゃんのその言葉で少し勇気づけらた。その夜、フォティアは夕食が終わると母に自分の決意を話した。

「母さん、僕、いろいろ考えたんだけど、軍に入隊しようと思っているんだ。そうすればいくらかの報酬が得られるでしょ。それを母さんたちに仕送るからそれで生活してほしいんだ。」

とフォティアが言うと母は少し苦しそうにしながら、

「絶対ダメよ!あんな野蛮人の元へは行っちゃ駄目!」

と強く止められた。フォティアは母が賛成してくれるものとばかり思っていたが、まさか逆に反対されてしまったためショックだった。フォティアは

「なんで、いつも穏やかな母さんがあそこまで厳しく止めるのだろう?」

と、心の中で思った。フォティアは、すでに物心がつく年頃になった妹のネロウを小屋の外に連れ出し、

「ネロウ、兄ちゃんな軍に入隊するつもりでいるんだ。入隊したら家には帰れないからネロウと母さん二人きりになるけど、そのときは母さんのこと頼むな。入隊出来たら報酬を仕送るからね。そしたら母さんに体にいいもの沢山食べさせられると思うんだ。」

と話した。ネロウは、

「お兄ちゃん、軍人になっちゃうの!戦争に行っちゃうの!」

と驚いて言うと、フォティアは、

「まだ、戦争には行かないさ。まずは訓練生として入隊するだけさ。」

と話した。ネロウは、

「でも、私、嫌よ軍人なんて。戦争に行かされてお兄ちゃんが死んじゃったら...。私、もっと働くからお兄ちゃん行かないで。」

と言って涙を流しはじめた。フォティアは、

「ネロウ、ある程度生活が楽になって母さんも元気になったら、すぐに退役するからそれまでの期間だけさ。心配しなくても必ず戻ってくるから大丈夫さ。」

と話してネロウを納得させようとした。それから数日がたちその間もフォティアは母とネロウを説得し続けた。母はフォティアが一旦決めると曲げない性格であることをよく知っていたため、止めても無駄であることは分かっていた。母はネロウと二人きりの時、何度も話し合い、そして、

「フォティアの決心は変わらないでしょうね。私はあの子に軍人にだけにはなってほしくなかったけど、でも、アエラスお爺さんのところでいろいろ大切なことを学んだみたいでずいぶんと立派になったから間違った道には行かないと思うの。だからネロウ、お兄ちゃんを行かせてあげましょう。」

と母は寂しそうに話した。ネロウは、母が軍人を毛嫌いしている理由が分からなかったが、何も聞かず母の言葉に従った。そしてある晩、母はフォティアに、

「フォティア、あなたは優しい子だから私たちの生活のために軍人になろうとしていることはよく分かっています。軍人によっては誤った生き方をするものもいます。でもフォティア、あなたは決して人の道から外れるような子ではないと信じているからネロウも私もあなたの入隊に反対しないことにしました。」

と話した。フォティアは、母のその言葉を聞き、

「母さん、ありがとう。いろいろ心配させてごめんなさい。」

と言い、翌朝には軍訓練施設に向けて出発することを伝えた。フォティアはいつでも出発できるようにと準備は進めていたのである。そして明朝、フォティアは母に、

「母さん、行ってきます。」

と言うと母は、

「フォティア、絶対に死なないでね。いつでも戻ってきていいんだからね。」

とだけ言って見送ってくれた。家を出ると外にいたネロウが急いで近づき、

「お兄ちゃん、私ね、アエラスじいちゃんの農園のお仕事は続けるつもりよ。お兄ちゃんも早く戻ってきて、またじいちゃんの農園で一緒に働きましょ。」

と明るく言って見送ってくれた。しかし、ネロウの目にはその言葉とは裏腹に涙があふれていたのだった。