30.友

 家族に別れを告げたフォティアは、軍訓練施設に向け歩いて出発した。訓練施設までは徒歩で行くとなると大人の足で四日以上はかかる距離にある。近所で軍隊に入隊したという青年の親に地図を書いてもらいそれを頼りにフォティアはひたすら歩いていった。フォティアは歩くことには自信があったためそれほど苦ではなかった。地図はおおざっぱに描かれており、行く先々で経由する村や街などの地名が書かれていた。そして目的場所に着いたら次に向かう地名を見せてそこに向かうための詳しい道を尋ねるようにと言われていたのだ。出発初日の夕方、二つほどの村を経由し三つ目の村に到着するところだった。フォティアは村の近くの小川にかかる橋の上で休憩しながら水分補給していた。夕日を背に橋の上から見渡した光景は小さな山々に囲まれながらも遠くまで水田が広がった風景だった。苗が植えられて間もない水田には山や空そして赤く染まった雲がまるで鏡のように映し込まれていた。フォティアは、

「この辺もまだ農村なんだ。俺たちの村に負けず劣らず広い田園だな。」

と言いながらもその風景を橋の手すりに体を預けたまま、まったりと眺めていた。そこへ農作業を終えたと思われる農民が数名、橋を渡り始めフォティアのほうに向かってきた。フォティアは、ついでに次に向かう村への道順を聞いておこうと声をかけた。

「こんにちは、道をお尋ねしたいのですが。」

と言うと、初老の男性が、

「なんだいお兄さん、見かけん顔だな。何処に行きたいんだい?」

と聞かれ、フォティアは持っていた地図を見せ行先を指差さすと、初老の男性は丁寧に道順を説明してくれた。フォティアは次に向かう村への行き方が分かり安心し、お礼を言った。その様子を後からついてきた若い青年が見ていた。フォティアは青年に気づき、軽く頭を下げて挨拶すると、青年が、

「何処から来たんだい?」

と話しかけてきた。フォティアは地図を見せて、

「この村から来たんです。今日一日でここまで来ました。」

と言うと、青年はしばらくその地図を見ていた。顔を傾けながら方角を確認し地図の道順を追っていた。一つ一つの道を確認し、そして青年は、

「あー、分かった!この村か!俺、この村には子供のころに行ったことがあるんだぜ。」

と言うと青年は小声で、

「あまり人には話せないけどその村で野菜泥棒したんだ。内緒だぜ。でも、盗みは失敗して、逆に野菜をもらっちゃったけどな。」

と言うと、フォティアは子供の頃の出来事を思い出した。それは夜の明けきらない早朝に野菜泥棒と取っ組み合いになったときのことを。まさか、その時の子供ではと直感したフォティアは、

「え!...もしかして、そのとき農園で喧嘩しなかった?!」

と言うと、しばらくして青年は状況を察したのか、

「...お前!まさか、あの時の...!?」

と青年が言うと、お互い相手の驚いた顔を確認していた。しばらくすると二人の顔がゆるみだし、大笑いし始めた。あのときはまだ子供だったということもあるが、暗い中での取っ組み合いになり朝になったころには二人とも顔は泥や土まみれで判別できない状態だったのである。そのときの状況を思い出しながら青年は、

「そっか...そうだったんだ、ものすごい偶然だな!俺たち泥まみれでお互い顔がよく分からなかったもんな。あの時は本当に悪かったな。俺の名前はフィリオス。よろしくな。ここは俺の生まれ育った村なんだ。」

と言うと、フォティアは、

「僕の名前はフォティア。あの時のことは今でもよく覚えてるよ。まさかここでこんな形で再会するとは全く驚いたよ。」

と言ってお互い名を名乗った。フィリオスは自分の家に寄っていくようにとフォティアを誘い、二人はフィリオスの家に向かって歩いて行った。歩きながらフォティアはなぜこの村に立ち寄ったのかをフィリオスに説明すると、

「フォティア、よかったら今晩は俺の家に泊って行けよ。家には弟と二人だけで、寝るところは余分にあるんだ。食うものは大したものなくて申し訳ないけど、お前と話がしたいしな。」

と言ってフォティアを招待した。フォティアも日が暮れる前に野宿場所を探そうと考えていたがこのままだと夜になりそうなので、今晩はお言葉に甘えて泊めてもらうことにした。フィリオスの家に着くと弟を紹介され、三人で夕食となり当時の話になった。フィリオスは、

「でも、あの時、あのお爺さんのおかげなんだ。今俺たち兄弟がこうして生活出来るのは。俺たち幼かったから母さんが亡くなって弟と二人きりでどうしていいか分からなかったからな。相談する大人もいなくて。でもフォティアが働いていた農園のお爺さんが俺に知り合いの農家を紹介してくれたんだ。今日フォティアが道を尋ねた方覚えてるだろ。あの方だ。フォティアのお爺さん、お前のことも話してくれたんだぜ。それ聞かされて、俺、何か勇気が出てきたんだ。今も覚えているけど、とっても居心地のいい光に包まれているような暖かいお爺さんだよ。お爺さん、元気か?」

と言うと、フォティア、

「アエラスじいちゃんは変わらず元気に農作業してるよ。フィリオスのことはじいちゃんから詳しく聞いたよ。でも、今は立派に生活できるようになって本当に良かったな。俺もじいちゃんのおかげでいろんなことを教わりここまで生きてこられたと思っているんだ。」

と返した。その後、二人はそれぞれが今までにあった出来事や農作業のこと、そして家族やアエラスじいちゃんのことなどをいろいろ話し、フォティアにとって初めてのとても楽しい一夜となった。翌朝早朝、フォティアは次の村に向けて出発するとき、フィリオスが、

「フォティア、お前は俺の一番最初の友達だ。また、いつか会えるといいな。元気でな!」

と言って、見送ってくれた。フォティアも、

「僕もフィリオスが初めての友達なんだ。昨晩は本当に楽しかった。ありがとう。それじゃー、行くね!」

と言って再び出発した。フォティアはとてもすがすがしくこんな気持ちは初めてだった。しばらく歩いた後、フォティアは思わず、

「友達って、いいな。」

と、呟いていた。