「――フーン」
ドリウスはニヤリと笑った。足を伸ばし、ソファから反動を付け、猫のようにしなやかに身を起こして立ち上がった。笑みを隠すこともなく、廊下に出て艦内の自室に向かって歩く。
ずいぶん苛立っているご様子だが、無理もないだろう。
「――『お気に入り』が逃げ出したんだもんなぁ?」
部屋のキーカードをかざし、ドアがスライドした瞬間――逃げ出そうと突進してくる小柄な人間の体を難なく捕まえ、床に組み伏せた。
「あうっ!」
床に体を打ち付け、悲鳴を上げたのは、シンカナウス人に多い赤毛に栗色の目をした、小柄な女性だった。外に出られないように下着以外の服を剥ぎ取っておいたのに、男物の服を着ているのは、ドリウスのものをあさったのだろう。まったくぶかぶかで着れていない。いじらしさと浅はかさを感じて、目を細める。
「リーデルちゃぁーん? 逃げ出しちゃあ駄目じゃないか、お外は危ないオトコたちばっかりなんだぜーぇ?」
「放してっ!」
猫なで声であやしてやれば、か細い声でそうやって抵抗するが、元々ドリウスの機械人間としての力に対し、生身の人間として抜け出ようということはどだい無理な話であった。
「こわぁいこわぁい博士に連れ去られて、閉じ込められていた可哀想な子猫ちゃん。みゃーみゃー可哀想な声で鳴いて、艦内でシーツ一枚で涙目になってたおまえさんを、ここに庇ってやってるのは俺だぞぉ?」
「嫌よ! 捕まえたの間違いでしょ!? 誰があんたなんかの世話になるもんですか!」
「――口を閉じろよ、アバズレ。うるせえって言ってるのが分からないか?」
低い声を落とせば、体がびくりと恐怖で強張った。可哀想に、男の怖さというものを骨の髄まで思い知らされたのだろう。ああ、なんて――悲劇的で、楽しいくらい哀れな生き物だろうか。
「あまり調子に乗るなよ? 俺だってそこまで心が広くないかもしれないぜ?」
ぐいっと片手で持ち上げると、暗い部屋の中を突き進み、ソファの上にぼとりとリーデルの体を落とした。
涙の膜を張っている目は、恐怖に限界まで見開かれている。くり抜いたらひどい悲鳴が聞けそうだ。何日もろくに眠っていないだろう、隈のひどい真っ白な顔にぼさぼさの髪。やつれきった体はあちこち赤くかきむしった跡がある。自分の現状に極限の恐怖を覚えたストレスからだろう。
「辛そうだなぁ。いやぁ、実に胸を打つ姿だ。そんなか弱い子猫ちゃんの体に鞭を打つなんて鬼のような真似、俺だってしたくない。でもちょっと頼み事ができちまってなぁ」
芝居がかった声で、すっかり硬く小さく強張った彼女に語りかける。
「――なぁ、あんた。エメレオ・ヴァーチンと同じ施設で働いてたそうだよな? あっちのスーパーコンピューター、戦略演算システムの設置場所ぐらい、噂で聞いたことあるんじゃねぇの?」
ざらりと服の上から、腹を押さえる。リーデルは見開いた瞳でドリウスを見上げてきた。まんまるな栗色の中に広がる、虚無の瞳孔。
「――それをきいて、どうするつもり。なにがのぞみなの」
「外に出たいだろ? あの好色な男から逃がしてやろうか」
ドリウスは低く笑った。
「なに。αーTX3はあっちこっちに配備されているが、向こうの強力な兵器で一掃されたら面白くない。なら、あっちの一番の強みを潰しにかかる別働隊が編成されたっておかしかない、そういう理屈だ。上から遊撃隊としてお呼びがかかってなぁ。ああちなみに、バレット博士は破壊に反対している。人形趣味か何だか知らんが……、あいつに一矢報いるなら今なんじゃねぇか?」
「――そう……MOTHERを、こわすの……」
リーデルはうわごとのように呟いた。しばらく静かに、虚空を見つめてぶつぶつと何事かを呟いていたが、やがてギョロリと、大きな瞳をこちらに向けた。
狂人になりかかっている。ドリウスは唇の端に笑みを刻んだ。壊れた人間など戦場で何人も見てきた。彼女ももうすぐその仲間入りをするのだろう。
「……さくせんはいつから?」
「三日後、いや、もう日付が変わってるから、二日後かねぇ。αーTX3の引き上げと再起動はそれまでに終わるだろう。攻勢をかける中、MOTHERを破壊し、シンカナウスの政府に吠え面をかかせるところまでがワンセットだ」
「……わかった。……しっているところまでなら、あんないするわ」
「良い子だ」
ドリウスは破顔した。
「聞き分けがいい子猫ちゃんにはご褒美をやらないとな」
するりと手の平をリーデルの背中に回すと、彼女の瞳からは涙が溢れた。
「だいきらい」
「おお、イイ台詞だ……だがあいにく、俺は嫌がるのを見るのが大好きなんだ」
悪いな、と。
暗がりの中で、ドリウスは嗤いながら小さな体に覆い被さった。
「放してっ!」
猫なで声であやしてやれば、か細い声でそうやって抵抗するが、元々ドリウスの機械人間としての力に対し、生身の人間として抜け出ようということはどだい無理な話であった。
「こわぁいこわぁい博士に連れ去られて、閉じ込められていた可哀想な子猫ちゃん。みゃーみゃー可哀想な声で鳴いて、艦内でシーツ一枚で涙目になってたおまえさんを、ここに庇ってやってるのは俺だぞぉ?」
「嫌よ! 捕まえたの間違いでしょ!? 誰があんたなんかの世話になるもんですか!」
「――口を閉じろよ、アバズレ。うるせえって言ってるのが分からないか?」
低い声を落とせば、体がびくりと恐怖で強張った。可哀想に、男の怖さというものを骨の髄まで思い知らされたのだろう。ああ、なんて――悲劇的で、楽しいくらい哀れな生き物だろうか。
「あまり調子に乗るなよ? 俺だってそこまで心が広くないかもしれないぜ?」
ぐいっと片手で持ち上げると、暗い部屋の中を突き進み、ソファの上にぼとりとリーデルの体を落とした。
涙の膜を張っている目は、恐怖に限界まで見開かれている。くり抜いたらひどい悲鳴が聞けそうだ。何日もろくに眠っていないだろう、隈のひどい真っ白な顔にぼさぼさの髪。やつれきった体はあちこち赤くかきむしった跡がある。自分の現状に極限の恐怖を覚えたストレスからだろう。
「辛そうだなぁ。いやぁ、実に胸を打つ姿だ。そんなか弱い子猫ちゃんの体に鞭を打つなんて鬼のような真似、俺だってしたくない。でもちょっと頼み事ができちまってなぁ」
芝居がかった声で、すっかり硬く小さく強張った彼女に語りかける。
「――なぁ、あんた。エメレオ・ヴァーチンと同じ施設で働いてたそうだよな? あっちのスーパーコンピューター、戦略演算システムの設置場所ぐらい、噂で聞いたことあるんじゃねぇの?」
ざらりと服の上から、腹を押さえる。リーデルは見開いた瞳でドリウスを見上げてきた。まんまるな栗色の中に広がる、虚無の瞳孔。
「――それをきいて、どうするつもり。なにがのぞみなの」
「外に出たいだろ? あの好色な男から逃がしてやろうか」
ドリウスは低く笑った。
「なに。αーTX3はあっちこっちに配備されているが、向こうの強力な兵器で一掃されたら面白くない。なら、あっちの一番の強みを潰しにかかる別働隊が編成されたっておかしかない、そういう理屈だ。上から遊撃隊としてお呼びがかかってなぁ。ああちなみに、バレット博士は破壊に反対している。人形趣味か何だか知らんが……、あいつに一矢報いるなら今なんじゃねぇか?」
「――そう……MOTHERを、こわすの……」
リーデルはうわごとのように呟いた。しばらく静かに、虚空を見つめてぶつぶつと何事かを呟いていたが、やがてギョロリと、大きな瞳をこちらに向けた。
狂人になりかかっている。ドリウスは唇の端に笑みを刻んだ。壊れた人間など戦場で何人も見てきた。彼女ももうすぐその仲間入りをするのだろう。
「……さくせんはいつから?」
「三日後、いや、もう日付が変わってるから、二日後かねぇ。αーTX3の引き上げと再起動はそれまでに終わるだろう。攻勢をかける中、MOTHERを破壊し、シンカナウスの政府に吠え面をかかせるところまでがワンセットだ」
「……わかった。……しっているところまでなら、あんないするわ」
「良い子だ」
ドリウスは破顔した。
「聞き分けがいい子猫ちゃんにはご褒美をやらないとな」
するりと手の平をリーデルの背中に回すと、彼女の瞳からは涙が溢れた。
「だいきらい」
「おお、イイ台詞だ……だがあいにく、俺は嫌がるのを見るのが大好きなんだ」
悪いな、と。
暗がりの中で、ドリウスは嗤いながら小さな体に覆い被さった。