59.師弟

 フォティアはネロウに今までの経緯とこれからの作戦の話を終えた後、一旦一人で家を出ていった。どうしても行かなくてならない場所があったからだ。そう、それはアエラスじいちゃんのところである。フォティアはできればじいちゃんもフォース国に連れていきたかったのだ。
 フォティアは少し速足でじいちゃんの家へと向かっていった。途中じいちゃんの農園に通りかかるとそこで立ち止まり畑を眺めていた。農園は少し荒れており使われていない農地が増えているようだった。そこにじいちゃんはいなかったため、やはり直接家に向かうことにした。それから少し歩いて行き遠くにじいちゃんの家が見えてくると微かに薪を割る音が聞こえてきた。それは家に近づくにしたがってはっきりしてきた。フォティアは釜を握って薪割をしているじいちゃんが目に入ると、

「じいちゃん、前よりもずいぶん小さくなってやつれたな。」

と心配そうに呟いた。そして、

「じいちゃん!フォティアだよ!」

と叫んだ。

「フォティア!」
 本当にフォティアなのかい!
 お前さんによく似た気配がしておると思っておったが、まさかのう!」

と、じいちゃんは驚いて言った。そして、

「お前さん...戦死したってネロウが...」

と言うと、フォティアはとにかくじいちゃんに会えたことが嬉しくて、自分の思いを話し始めた。

「スコタディ軍に行って以来、会いに来なくてごめんよ。でもね、俺、じいちゃんの教えを貫いたんだ!それでいろんなことを知ったんだ!」

とスコタディ軍に入隊してから正規軍人になるまでの道のりを夢中になって話していた。その口調はまるで子供時代のフォティアに戻っていた。じいちゃんに話したくてしょうがなかったのである。そして、白兵戦では敵兵を傷つけないじいちゃんの教えを守ってきたことを話すと、涙目になったじいちゃんは満面の笑みで、

「そうかい、そうかい。」

と頷きながら嬉しそうにフォティアの話をずっと聞いていた。じいちゃんは、

「フォティア、続きは家の中でするかのう。おいで。」

と言われ、少し腰が曲がったじいちゃんは杖をつきながらフォティアを家の中へ招き入れた。そんなじいちゃんの後ろ姿を見たフォティアは少し悲しくなり、

「じいちゃん、体が..」

と言うとじいちゃんは、

「わしもだいぶ体が弱っちまってな、農園もネロウが手伝ってくれているから何とか少しだけ野菜を作っておるがのう。もうそろそろお迎えがきそうじゃわ。最近は空を見上げると時々大きな白い星のようなものがそう言ってきよるわ。全く、眼も耳もおかしくなっておるようじゃわ。なんだかなあ。」

と言って、家の中へと入っていった。フォティアは白い星と聞いたとき一瞬アネモスの言い伝えの話を思い出しまさかと思ったが、話すべきことが沢山ありいつの間にかそのことは忘れてしまった。フォティアはネロウに話したように今までの経緯を説明し、そしてフォース国でじいちゃんの武術を軍人に指導していることも話していった。じいちゃんは、

「そうかい、わしの若い時の教え子がのう。お前さんが軍人を指導しておるのかい。」

と言うと、フォティアは、

「そうなんです。じいちゃんの人を傷つけない武術を教えているんです。フォース国の軍人はスコタディの軍人と全く違ってとても誠実で真面目なんです。訓練指導のときもとても熱心で素直だから武術技の飲み込みも早いし。みんなとてもいい人たちばかりで、それで...」

と話している間、じいちゃんは何も言わずにフォティアをぼんやりと見つめながら聞いていた。しばらくそんな状態にフォティアが、

「じいちゃん...どうかしたの?」

と言うとじいちゃんは、

「フォティアよ...お前さん、ずいぶん高い次元まで極めたのう。」

と言われた。

「え!じいちゃん、そんなこと分かるの!?」

と聞くと、じいちゃんは、

「ようわかる。それにお前さんの身体からは光が出ておる。」

と言われた。さらに、

「フォティアはじいちゃんの弟子として合格じゃ。」

と言われ、フォティアはとても嬉しかった。フォティアは、

「じいちゃん、俺じいちゃんの武術をもっと稽古したいんです。それで...」

と自分の思いを話続けていった。フォティアはフォース国へ脱出する話を説明しじいちゃんも一緒に行こうと誘ったのだ。しかし、じいちゃんは、

「じいちゃんはもうそんなに永くは生きられないからお前さんたちだけで行きなさい。フォティアのその気持ちだけでじいちゃんはとてもうれしいよ。」

と言い、断られてしまった。フォティアはとても残念だった。フォティアにとってアエラスじいちゃんは農業の先生であり、また武術の師でもある。フォティアがここまで生きてこられたのもアエラスじいちゃんのお陰なのだ。それをフォティアは十二分にわかっているからこその誘いだった。しかし、じいちゃんの気持ちは変わらなかった。そんな話をしている中、突然じいちゃんが、

「そうじゃ!フォティアよ、久しぶりに稽古じゃ。これがわしの最後の稽古であり、フォティアとの最後の稽古じゃ。」

と言って、フォティアを外に連れ出しだ。