23.スカウト

 軍部の格闘技指導官は道場の稽古が終わると上着を脱ぎ上半身は肌着だけになった。凄まじいほど鍛え上げられ引き締まった肉体はところどころ傷だらけである。それは若い軍人たちとは異なり多くの戦火を交えてきたことを物語っていた。経験値が全く違うのである。アエラスとの体格差も若い軍人たちと同様圧倒的に指導官のほうが大きい。しかし、アエラスはそんなことには全く動じず、

「それでは始めますか。」

と言うと、二人は道場中央へと移動した。指導官が、

「お願いします。」

と言って、二人は相対した。アエラスは構えもせずただそこに立っていると言った感じだが、指導官はむやみには手を出さず相手の様子を伺っていた。しばらくしアエラスは自分から指導官に近づくと指導官は下がり距離をとった。指導官は相手の間合いを探っていた。これ以上近づけば一撃で攻撃されるギリギリのラインである。指導官は、

「私の思ったほどの腕前ではなさそうだな。」

と、心の中で思っていた。指導官は自分のほうが圧倒的に間合いが大きいと感じたのである。しかし、その判断は大きな間違いであった。アエラスがその気になればこの道場すべてが間合いに入るほどの実力があるのだが、あえて闘気を消していたのだ。それほどの相手ではないと判断したからである。それはアエラスがこの段階ですでに指導官の技量を見抜いていたのだ。再びアエラスが指導官に近づき指導官の間合いに入るやいなや、一気にアエラスに向かって蹴りを入れようと右足を振り上げた時にはすでに指導官の懐近くにアエラスは立っていた。指導官が途中まで振り上げた右足は膝あたりでアエラスの左手が軽く触れていた。指導官は足をあげたままそれ以上動けなかった。そしてアエラスの右掌は教官の胸元中央に密着していた。アエラスは、

「続けますか?」

と尋ねると、指導官は、

「お願いします。」

と言い、再び二人は相対した。相変わらずアエラスは構えもせずその場にいた。今度は指導官自らアエラスに近づき、アエラスの顔面に向け正拳突きをしたが、それはフェイクですかさず逆の腕で突きか蹴りで攻撃しようと考えていた。しかし、正拳突きをした段階で目の前からアエラスが消え、指導官は攻撃目標を見失い混乱した。アエラスは一瞬で指導官の背後につき再び右手掌を指導官の背中胸椎辺りに密着していた。指導官は背中にアエラスの掌が触っているのを感じると、

「う!参りました。」

と、負けを認めてしまった。ある意味そこで負けを認めることができるだけ流石であるとも言える。このまま指導官が攻撃しようとしていたら、指導官は前方に飛ばされ最悪は胸椎挫傷か胸椎脱臼になっていた。見ていた若い軍人たちもあっけにとられていた。指導官はアエラスに一礼し、

「ありがとうございました。私ごときがお手合わせなどと無礼なことを申しまして大変失礼致しました。私こそ先生の技量もわからず愚か者でした。」

と言い、さらに、

「先生にお願いがございます。ぜひ、私共軍部の格闘技指導をお願いできないでしょうか。先生から実践で使える真の武術を教えていただきたいのです。」

と、突然の指導官からのスカウトにアエラスは少し困惑していた。アエラスは、

「しばらく考える時間をいただけますか。」

と返すと、指導官は、

「それでは後日改めて伺いますので、それまでにお返事をお聞かせください。」

と言って、指導官と若い軍人たちは去っていった。アエラスとしては自分の道場の運営をどうしていくか気がかりで返事を遅らせたのである。わずかではあるがここまでついてきてくれた門下生を見捨てて軍部指導に行くのは忍びなかったからだ。数日が立ち再び軍部格闘技指導官が一人現れ、

「先生、先日のお返事を伺いに参りました。ぜひともお願い致します。」

と言うと、アエラスは、

「ご依頼の件ですが、二つの条件を飲んでいただければお受けいたします。」

と言い、続けて、

「私のこの道場は続けさせて下さい。少人数しか門下生はいませんので軍部の指導にはそれほど差障りはないと思います。それから、」

と言って、もう一つの条件をアエラスは伝えた。

「あなたは、実践で使える武術を指導するようにと私に言われました。私は自分の道場では一般人相手ですので今のところはそこまでは教えてはいません。しかし、武術は本来殺戮が目的です。私はそのあらゆる技を叩き込まれ育てられました。あなた方が本気でそれを望むのでしたらお教えしますが、指導するにあたって私のやり方に一切指図しないというのであればこのお話をお受け致します。」

指導官は素直にその条件を飲み、アエラスを軍部の格闘技専門の指導官として迎えることとなったのだ。これがアエラスが軍部で指導を始めることになった経緯である。