農園内で生き生きと成長している野菜を観察しながらフォティアは畦道を散策していたが、畑の一区画の端に至ると通りに出てきた。そして通りの先をたどるように顔を上げ遠くを見渡すとその先には小高い丘が目に入った。フォティアはあそこならこの辺を一望できそうだと思い丘の頂上目指して歩いていった。緩やかな坂道は上に登っていくにつれ心地よい風が感じられた。そして丘の上に着くとそこには一本の大木がありフォティアはその大木の根元に腰を下ろしてみた。大木の木陰は少し熱って汗ばんでいた体をゆっくり冷やし、同時に汗が引いていくのが感じられ清々しかった。そこから望む風景は、遠くまで少し波うっている田園と青空との稜線が二つの異なる色でくっきりと分断し、そのコントラストがとても綺麗だった。真っ青な空と田園の異なる緑が市松模様のように遠くまで広がり、その一部には一面オレンジや黄色や白色の花が咲いている場所もあった。フォティアはこの光景に癒やされしばらくの間眺めていた。フォティアは、
「こんな穏やかな風景を見ていると今も戦争しているとは思えないな。」
と思わず口に出た。フォティアはこの場所からの風景が気に入り毎日同じ場所に来ていた。遠くで農家の人たちが総出で収穫時期の野菜を刈り取っている様子が見えていた。フォティアはその作業を眺めていると突然一人の女性が現れ、
「あ!脅かしちゃいました?最近よくここにいらっしゃるのを見かけたもので。」
と言われた。フォティアは、
「いいえ、大丈夫ですよ。ここはとても景色がいいし心地よくてつい来てしまうんです。」
と言うと、女性は、
「分かります。私もこの場所が大好きでよく来るんです。」
と応えた。女性は続けて、
「お見掛けしない方ですが、どこか遠くから来られたのですか?」
と聞かれたためフォティアは、
「はい。この国に来てまだ間もないもので、街やその周辺を見て回っているんです。」
と答えると、女性もフォティアと同じように大木の根に腰を下ろしながら同じ方向を見ていた。女性は、
「ここからの眺めは本当に素敵ですよね。」
と言うと、フォティアは、
「はい、とても。自分も以前は農業をしていたので何となく懐かしいです。」
と何気なく自分のことを話した。女性はなぜかこの人には何を話しても大丈夫だと直感し自分の身の上を話しはじめた。
「私も、もともとはこの国の人間ではないんです。生まれた国はこの国と争っているスコタディ国なんです。私は母と二人暮らしだったのですが私が幼いとき村が戦地になり母は命を落として私だけになってしまったんです。そのとき私はフォース国の軍人に保護されて、その後今住んでいる農家の養子になって育てられたんです。」
フォティアは自分もスコタディ国の生まれであることや今までの経緯をすべてこの女性に話した。女性は自分と同じような境遇のフォティアに親近感を覚え、
「私、アネモスと言います。」
と自分の名前を言うと、フォティアは、
「自分は明日この国の軍の将校に今後この国に残るか否かの返答をしなくてはならないんです。でも、しばらくの間この国を見て回っていて今はっきりと決断しました。まだ監視されている身なのでそろそろ戻ります。自分はフォティアと言います。アネモス、また会えるといいですね。」
と言って、フォティアは宿舎へと帰っていった。
翌日、フォティアは将校に自分が今後どうしたいか話をした。フォティアはフォース国の国民としてこの国に残る決意を将校に伝えたのだ。ただ、スコタディに残した母と妹のことがやはり気がかりではあった。将校は、
「君の希望は受け入れますが、今後の生活について君も生きていく上での生業は必要ですが、何か自分でやってみたい仕事や出来ることはありますか?」
と尋ねられ、フォティアは、
「農作業が得意です。軍隊に入隊するまで農業をしていました。それと木工仕事も好きです。他には仕事とは関係ないですが武術を子供のころから習っていました。」
と言うと、将校は思い当たる農家があったためそこを紹介することにした。その農家というのがフォティアが昨日出会ったアネモスの養子先の農家だった。実はアネモスがこの農家の養子になる手続きなどをしたのがこの将校だったのである。
数日後、フォティアはその農家のところに将校と共に向かった。将校はフォティアがこの農家で働けるようにここの農夫婦に話をすすめると快く引き受けてくださった。このご夫婦は将校のことをとても信用していたため、この方が推薦してくださる若者であれば大丈夫だと思ったのである。この夫婦の推測は間違ってはいなかった。将校はフォティアと会話をしたりフォース国内の街を巡っているときの情報などからフォティアの人柄や性格を観察していた。そこからこの青年はとても真面目で精神力もとても強い誠実な人間であると見抜いていたのである。農夫婦は家の敷地内に少し痛んだ空き家があるためフォティアに仮の住まいとして提供して下さった。フォティアはこの夫婦と将校に感謝を伝えた後、フォティアと将校は一旦帰るために外に出るとそこにアネモスが現れた。
「あら!将校さん、お久しぶりです。あ!フォティア!」
とアネモスが言いながら驚いた。フォティアも、
「アネモス!」
と同じように驚いた。
「君たち知り合いかね。」
と将校が言うと、二人が出会った経緯をアネモスが説明した。将校には二人が出会っていたという監視報告が伝わってなかったため知らなかったのである。
「この二人は同じような境遇で育って苦労しているからきっとここでうまくやっていけるだろう。」
と将校は思っていた。そして、
「これも何かの縁かもしれないな。二人とも同じような年頃だし、もしかしたら。」
と何となく二人の行く末を想像していた。