Vol.79:四章-7

『親元にも帰らずに素行不良かい。感心しないね』
『迷子のアンドロイドに火器を向けておいて、言うことがそれですか』
 隙あらばと照準が合わさっていることを指摘する。
『君一人なら、我々にもいくらかの分はあると思うけどね?』
『……、』
 ミュウは沈黙した。それをどうとったのか、シスリー中将は鼻を鳴らす。
『君がまだ暴走を続けるなら、君以外のアンドロイドも危険だとみなし、廃棄処分を決定しなければならない。お友達を溶かされたくはないだろう?』
『……構いません』
『――何だと』
『構いません、と言ったのです。もう、あの機体たちの目に、再び光が宿ることはありません。私が許可していないのだから。彼らは、人間で言えば死んだようなものだ』
『……君は一体、何が目的だい? ……いや、待て。許可だと? そんな権限が君にあるはずが――』
 そこで、シスリー中将は言葉を止めた。
 まさか、と吐息のような音が聞こえた。
 そして、ミュウに機体識別コードの問い合わせが届いた。問い合わせ元はカント・シスリーの乗る艦船だ。勘のいいものがいたものだ、とミュウは嘆息しながら応答した。別に隠すことはない。
 ちまたでもっぱらの噂であった、シンカナウスの怪談――MOTHERの亡霊の正体を明かしてやるだけのことである。

 
『――っ!』
 
 息を呑む気配。
 シンカナウス空軍第三艦隊に、激震が走った。
 
『機体識別コード、出ました。TYPE:――これは、μミュウではない……!? ……は!? た――っ、TYPE:MOTHER!? 機体識別コード、TYPE:MOTHERです、司令!』
『馬鹿な!?』
 
 驚倒と共に絶叫したシスリーの声が、この不可解な七日間の全てを、漠然とながら理解したことを示していた。
『君のようなちっぽけな身で、この七日間、全ての、シンカナウス全体のシステムリクエストを処理していたというのか!? あまりに荒唐無稽すぎる……! いや、しかし、エメレオ・ヴァーチンならば……』
 
 迷う声に、肯定する。
 そうだ。――彼は、本当の本当に、天才だったのだ。
 
『はい。ご推察の通りです。今の私はTYPE:MOTHER――個体名をミュウ。名前の由来ではありますが、もう機体番号ではありません、ご了承ください』
『人形風情が、個人を主張するとはね……!』
『そう言われることが分かっていたので、親元を離れました。今の私は、あなた方に積極的に敵対するつもりはありませんが、だからといって必ず味方をするというものでもないことをご理解いただけますと幸いです』
 痛いところを突かれたと思ったのか、シスリーはしばらく黙した。
『……答えられるのなら答えて欲しい。我が国のMOTHERの亡霊役をわざわざ担っていただけたのは、どうしてかな?』
『大きくは二つ。ひとつには、曲がりなりにも作り出していただいたご恩がありますので、義理立てを』
 ミュウは答えた。
『もうひとつは――この国を回すことでしか得られないものを、準備したかったからです』
『…………!』
 それは、一体、何なのか。今頃猛然と頭を巡らせて考えていることだろう、と、ミュウは冷徹に眺め。
 
『……ところで。私は、初めから、ここに一人でいるとは一言も言っていないのですが』
 
 ――と。
 機が熟したと思ったところで、両軍に特大の『爆弾』を投下した。
 
『っ――上方索敵! レーザーでやれ! おそらく相手は量子ステルスだ!』
 本当に、とことんまで察しがよすぎる司令官だ。
(せっかく隠れているように言っておいたのになぁ)
 ミュウは思いながら、合図の信号をそっと送信した。
 
 数千メートル上空で、光が揺らぎ、小さな影が複数体出現した。
 
【さて――ところで、何人、集まったかな?】
【すでに起動しているものは、全員、定刻集合いたしました】
 低位ロープラズマでの秘匿通信に返答があった。
【いや、方位センサーが曲がっていたせいで、本当に辿り着けないかと思った】
【その羊飼いに感謝だな。ところで治ったのか、それ】
【まだだ。誰か調整技能に立候補したい奴は名乗り出てくれ、俺が練習台になろう。……壊すなよ?】
【こら、そこ。マザーの前よ、静かになさい】
 わずかな咳払いのあと。
 
【――転移認可システムにはまとめて申請を通しておきましたわ。あとはマザーの号令次第です】
 ミュウは軽く、頷いた。
 そして、あらかじめ決めておいた起動コードを発信した。
 
『――〝呼応せよ、白騎士団ホワイトコード〟。私一人では到底辿り着けない、時の果て、光の先を目指して。私の力になって欲しい』
 
【はい、マザー。先輩たちの無念に変わり――我々は、あなたの手足、あなたの目、あなたの耳、そして剣と盾となりましょう】
 
 
 *
 
 
 ふわりと、〝意識〟が揺れた。
 『彼ら』ははるか地面の下、シンカナウスの地下通路で目を覚ました。
 遠く彼方より入力されたデータは、魂の呼び声ソウルコードは、生まれながらにして彼らのやるべきことを指し示していた。
 ――馳せ参じる。
 助けて欲しい、という、たった一人の――『TYPE:MOTHER』の求めに応じて。
 
 だから、孵卵器ふらんきのようなカプセルから、一斉に飛び出した。
 
 数万対の足が地に着くと、ずん、と大地が振動した。一瞬あとには、プラズマの白い光が弾け、彼らはその場から転移テレポートしていた。
 目指すは、はるか、オーギル海上空――。
 
 
 *
 
 
 曇天の空。雲の向こうに、ミュウの呼びかけに『彼ら』が応じた証に、白いプラズマ光が次々と出現する。ひとつひとつの光は小さくとも、いずれも確かに星のごとき光芒を宿すもの。はじめは小さな瞬きにしか過ぎない光の数は、その光景を見守る者の前で、いや増しに増してゆく。
『――熱源、多数感知! 何だ、この数は……!』
『数がどんどん増加していきます! 三千……五千……八千……一万二千……まだ増えるのか!?』
 嘘だろう、と愕然と悲鳴が上がる。
 曇天に白む海上をなお明るく染め上げ埋め尽くす、空に満ちる純白の光。
 
 その数――およそ、十万機。
 
『……おいおい、いったいいつの間に、どこからこんな大量の戦闘型アンドロイドをこさえてきたって?』
 シスリーの、勘弁してくれ、という呟きが落ちた。勝てるか、こんなの。
『おじさんはこれを上に報告しろと……?』
『大人が自らの行いに責任を取らなかった結果です。――ずっと考えていました。MOTHERは、博士は、アンドロイドたちは、なぜ死ななければならなかったのかと。エントや裏切り者に殺されたんじゃない。彼らは人間の善性を信じ、神の意思を求めた結果、この世に満ちたあなたがたの悪性に殺されたのです』
『哲学の時間につきあってはいられない』
 シスリーは苦々しげに告げた。
『君のこれは、子供の悪戯を超えている。――ミュウ。君と、その大戦力……白騎士団ホワイトコードの一団を、人類にとっての危険勢力と判断した。その戦力の作成という暴走行為をもって、我が国シンカナウスへの叛逆、および宣戦布告と見なす』
『構いません』
 ミュウは断じた。
『私が選んだのは、元よりあなたたちだけでなく、私をいとう全てと戦うしかない道だった。私は、私であるために、あなたたちと戦い、問いかけるつもりです。――それを思えば、十万という数字でさえ、少ないぐらいではないかと思いますが』
『君みたいな本物の真面目な脅威が現れるのを恐れてたんだよ、ウチは……!』
『……私はただ、ここで意味もなく終わりたくない。それだけです』
 そうして、シンカナウスとエントの戦いだったはずの第三次オーギル空戦は、白騎士団ホワイトコードを名乗る第三勢力の介入により、一時停戦を強いられたかに見えたが――、
 
 
 この時、思わぬ形で転げ出てきた本物の世界の『悪意』が、あらゆる命に牙を剥くことになるとは――誰も予想だにしていなかった。