Vol.77:四章-5

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『……一度ならず二度までも……! シンカナウスめ、どこまでも馬鹿げた技術を用いよって……!』
 
(――その独り言さえ、もうこちらには聞こえているのだけど)
 
 時は昼下がり、天気は曇天。雨こそ降っていないものの、薄暗く見通しの悪い空である。
 個人的には二度というより三度目となる、オーギル海上空に陣取りながら、ミュウはそう胸中で独りごちた。とっくの昔に解読し終えた先方の暗号通信が、ミュウ一人しかいないというのに、はるか前方からこちらに向かっているエント軍側の混乱を伝えてくる。
流れ星シューティング・スターだ! 気をつけろ、先の戦闘で使った電磁加速砲レールガンはα-TX3のシールドを貫通する威力だ!』
(……シュ……まさか、それ、私のことか……!)
 聞こえてきた衝撃的な内容に、思わず滞空ホバリングの制御を乱しかける。
 この前、鉄くずを引き連れて飛んでいたせいだろうか。とんでもないあだ名をつけられた。

(他の機体なら……どんな名前になったのかな)
 考えて、思い出さなければよかった、と少しばかり後悔した。
 ――仲間たちの強制停止命令は、やろうと思えばできたものの、あえて解除しなかった。再起動を許せば、軍は彼らを、暴走機体であるミュウの確保に差し向けるだろう。戦闘型アンドロイドとして見せたミュウの性能スペックを思えば、そうするしかない。
 そうなれば、自分は全ての試用機体プロトタイプを破壊するしかない。もう軍に戻らないと決めた以上、対立は避けられなくなる。だから、卑怯だと思いつつも、初めから動かさない、という選択をとった。
 ただのアンドロイドでいることをやめるということは、そういうことだ。人が定めた枠の安全圏から脱し、この世界で法の下に保護を受けることさえなくなる。人間の敵として危険な存在になった以上、ミュウをこの世界で受け入れるものなどいない。
 そんな内輪の事情など、向こうエント側は知る由もないだろうが。
『だが、たった一機だけか? 他のアンドロイドの姿は?』
『ないな。――舐められたもんだ。それか、前の空爆がよっぽど効いたか』
 いくつかの笑い声が連鎖する。
『……油断するな。先の爆撃作戦時、α-TX3を空中戦で十五機も破壊・墜落させている。一個戦艦相当の火器が最新の高速戦闘機にくっついているようなもんだ』
『おお、そりゃぁまずい。だったら――俺が出よう』
「!」
 会話の中に混ざり込んできた聞き覚えのある声に、ミュウははっと顔を上げた。
 艦隊より手前に、きらりと、何かが太陽光を反射している。
 高速で高度をとりながら飛来するのは――小さな影。
(小型戦闘機……違う、人型! 奴は――!)
「――よぉ、ガール! 先週は会えなくて寂しかったぜぇ! 現れたって聞くなり急いで会いに行ったのに、現場に行ったらおまえさんがいなくてよぉ!」
 吼えるような挨拶が響き、赤い死線がミュウの周りに幾筋も現れた。咄嗟に下がってかわすと、光線の束が先ほどまでいた場所を貫き、それに数瞬遅れて飛んできた人影が、ミュウに組み付こうとした。
 これも避けると、ひらりと大きな円を描くように宙返りしながら、ドリウスが叫ぶ。
「なぁ、アレ、どういうからくりだ?」
 衝突による体当たりは体術で受け流し、次いで間髪入れずの光線銃は後ろへ高度を上げつつかわす。
「テメェのMOTHERは完膚なきまでに破壊した……俺は意気揚々と凱旋気分で戦艦に拾ってもらったんだが、そのあと大変だったぜ? テメェんとこの艦隊にケツ追いかけ回されて、気がついたら防空網も復活してんだもんなぁ! はっはぁ!」
「……、」
 二度、三度、四度とかわしていけば、ドリウスが獰猛にわらう。
「逃げるなよぉ、カワイコちゃぁん! 巨大機兵を相手にひるまなかった威勢はどこいったんだよぉ、ァア?」
 生身の人間ならば天地の区別もつかなくなるほど激しい姿勢の反転もものともせず、ドリウスは下方へ稲妻の軌跡を描いて逃げるミュウの動きに食らいついてくる。
(どんな加速度だ、速すぎる――いや、これは……)
 驚き呆れている間にも、ドリウスの速さはさらに増していく。彼の周囲に発生している磁場から脳波形を戦闘の合間に読み取ったミュウは、アンドロイドとここまで戦う性能を持ち合わせる彼が何なのかを、ここに至ってようやく看破した。
「……あなた、ウォルター・バレットに改造されたんですね。その脳、不完全ではあるが、大部分がシンカナウスのアンドロイドの頭脳体と同じだ。ほぼ人間由来のアンドロイドというわけですか」
「正確にはエントお得意の機械化人間だがなぁ! 何で分かった!? やっぱテメェ、とんでもねぇな! 俺が見込んだとおりの奴だ!」
 ドリウスは破顔する。間違いなく、戦闘狂いの狂人だ。