Vol.75:四章-3

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 陸軍第三師団のアリス・ルプシー少将は、ひどく居心地の悪い思いで、尋問室の椅子に腰掛け、届いた報告書を眺めていた。――頭が痛い。
 
「――施設ホームの爆撃により、エメレオ・ヴァーチンを初めとした複数名の関係者は死亡。さらに、長らく行方不明だったリーデル・セフィアの遺体が、事件から二日後に山中にて発見されており、関連が強く疑われる。施設のアンドロイドは殺人事件を引き起こし、一機を除いて全員が停止、凍結状態。そして、残る一機はα-TX3の大群を一蹴したかと思えば、どこぞへ逃走し、暴走状態と推定される……と」
 
 行方不明になっているのはTYPE:μミュウだ。あのアンドロイドは一見して大人しそうだったが、オーギル海で巨大機兵を退けた進撃の話を聞いてみれば、なかなかどうして、超えてはならぬ一線を持つ手合いだとは思っていた。
 ――おそらく、超えてはならぬ何かを、複数踏み越えられたのだろう。そうでなくては、暴走するようには見えない。
 
 縛り上げられ、猿轡さるぐつわをかまされて唸っている男を見下ろし、ルプシー少将は冷えた目線を投げかけた。

 
「おめおめとよくも帰ってきたものだ、国賊。ずいぶんとオーギル海でははしゃいでいたそうだな。だが、ヴァーチン亡き今、ちょうどよかった。――なぁ、ウォルター・バレット」
 ルプシーは問うた。
「――なぜ、MOTHERが復旧しているのか、心当たりはないか? これは、完膚なきまでに破壊された現在のMOTHER本体のコンピューティングルームなんだが。これでも実は、十分に稼働可能なのか?」
 手に持っていた報告書の写真をかざせば、ウォルターは恐怖に脂汗を滲ませた表情で、必死に首を横に振った。
 右手を上げて合図を出すと、心得ている兵士が、ウォルターの猿轡を外した。
「ほ、本当に私は何も知らん! そもそも、その写真が本物なら、MOTHERシステムは私の目からしても、既に崩壊している! 障害が一時的なものに収まり、七日経ってもシステムがなお存続しているというのは――根本的にあり得ない! あれ以上のコンピューティングシステムを、私が居なくなったあとに作ったというのならば別だ! だがMOTHERのようなシステムが一朝一夕に組み上げられたものではないのは、貴様らも知っての通りだろう! あれを超えるほどの演算能力を確保するなど、それこそエメレオ・ヴァーチンの所業でもなければ……っ!」
「……やはり、エメレオ・ヴァーチンか……。全く、参ったな。本人の遺体は完全に炭化していて、何も分からない。唯一燃え残っていたノートパソコンも、あの阿呆の馬鹿げた暗号化のおかげで全く解析が進まん。あれは一体何を秘密にしたまま死んだ?」
 だが、憶測に憶測を重ねることならできるか、とルプシーは半眼になった。
 ――事実、今のシンカナウスはあるはずもないMOTHERの〝亡霊〟に守られていると言ってもいい。ありとあらゆる理を解き明かしてきたはずのこの国で、荒唐無稽な怪談話が現在進行形の形をとっているのだ。
 オペレーターアンドロイドであるMOTHERは完全に破損した状態で発見されたため、AIタイプの応答がないのはまだ、納得できるとして。リクエストが受理され、きちんと普段通りに結果が返ってくることからしてまずおかしい。
 蓋を開けてみれば、インフラから何から何まで、基幹システムのほとんどがMOTHERの演算補助や何らかの支援を受けていた、と分かり、国の危機管理部は何をしていたのかと頭を抱えたものの、やってしまったものは仕方がない。急ぎ、独立浄化水槽の設置数増加や、都市部のエネルギー供給グリッドの見直しを進めているそうだが、今は戦時。いつ何が壊れるか、予想もつかず――また、MOTHERの〝加護〟がどこまで約束されたものかの予測もできない。不気味さを覚えながらも、なぜか使えるので、やむなく使い続けている、が現状だった。
 MOTHERが破壊された当時、施設には複数体の自由行動が可能なアンドロイドたちがいた。艦隊をオーギル空戦で押しとどめたその活躍ぶりを思えば、百歩譲って爆撃を行った飛行艇の上空への侵入を許したとて、MOTHERの破壊なぞ簡単にさせるわけがなかったはずだ。
 不審に思って調査を入れてみれば、外に出ていたアンドロイドのうち四体が、施設内でエメレオ・ヴァーチンの遺体の周りで発見されている。さらに残り九体のうち三体は、なぜか施設近くに乗り捨てられていた政府機関の車両の中から停止状態で見つかった。施設内にいたグラン・ファーザーのエネルギー供給に関わったアンドロイド十四体は、すぐには出てこなかった。
 ――状況からして、エメレオを守らなければならないとアンドロイドたちが判断した何かがあったが、何らかの理由で爆撃前か、それとほぼ同時に機能停止していたわけだ。
 おそるおそるMOTHERの亡霊に問い合わせた者によれば、確かにその時間帯に強制停止命令が発令されたログが、システムからは提供されたという。さらには施設に残っていた爆撃直前の映像記録として、エメレオ・ヴァーチンを取り囲む政府関係機関の男たちや、明らかにアンドロイドを罠にはめたと思しい『自爆テロ』の証拠まで出てきてしまった。どう見ても、先頭に立って博士を襲い、突然自ら死んだ男は、違法薬物で洗脳されていた可能性が高かった。
 また、映像で名前が出ていたドロイドリード社に探りを入れれば、あろうことか敷地内のトラックから、残りのアンドロイド十四体が停止状態で出てきた。何かの処理をしようとしたようだが、こちらは都市空爆の混乱でそれどころではなかったようだ。
 ――人の口に戸は立てられない。戦闘型として開発されたアンドロイドが殺人を犯したというスキャンダラスなニュースが既に世界を駆け巡っているが、このニュースの出所はここにあったわけだ。
 大統領――トール・アカシーは、友人を死に追い込み、あまつさえその功績をなかったものにしようとした人間たちに、激怒した。首謀者とみられる技術開発省長官を含め、関わった者たちを全て更迭。その彼らの供述で、ウォルター・バレットというどこまでも小さな男の暗躍が明るみに出て、この尋問なのである。
 だが、結局大した情報は出なかった。
 
 ――つくづく、頭が痛い。
 
 弱みにつけいられた味方が最悪のタイミングで余計な差し金をしたおかげで、この国はみすみす敵に大きな隙をさらしたのだ。しかも、大きな戦力になっていたアンドロイドを無力化し、政治的圧力で使用不能、いや、破壊措置寸前のところにまで追い込んだ。
「――貴様は我が国を愚弄したばかりか、敵に利し、我が国の多数の人間を(そそのか)し、大きく内憂外患を招いた。……国賊として処刑されるは必定。自らの欲望を追求し、妬み続けた愚かさの代償を支払うがいい」
 ルプシーはそう言い捨てると、尋問室をあとにした。副官が慌ててそのあとをついてくる。