フォティアが一般病室に移されてから数日が経過した。激しい薬物の禁断症状で痩せ細り青白かった顔色も次第に元の状態へと戻りはじめてくると、フォティアのもとに医師が何度か現れては様態を確認していた。それが二、三日続き回復具合が順調と判断すると、眼にペンライトの光をあてて瞳の色を確認していた。体内の残留薬物が抜けきっているか確認しているのである。以前まで真っ赤に染まっていたフォティアの瞳はいつの間にか綺麗なブルーに変わっていた。昔のフォティアの瞳である。医師は付き添いの看護婦に、
「もう拘束具を外しても大丈夫でしょう。」
と話すと看護婦は拘束具を一つずつ外していった。両手首両足首には拘束具に直接肌があたらないようにテーピングで保護されていたが、それがどす黒くなった血で染まりぼろぼろになっていた。そのぼろぼろのテーピングを外していくと肌は紫色に変色し、また拘束具を見ると同様に黒くなった血がこびり付いているのが確認できた。それは薬物による禁断症状の凄まじさを物語っていた。すっかり、痩せ細たフォティアに看護婦は、
「これから少しずつ口から食事をしていき、体が動けるようにリハビリをしていただきますからね。」
と言われた。フォティアは、何も言わずうつろな目で看護婦を見て軽くうなずいた。それからしばらくし、フォティアは時間をかけて精神的にも肉体的にもリハビリを受け、徐々に体力が戻り冷静に意思疎通も出来るところまで回復した。看護婦からは、
「よく頑張ったわね。あなたがここに来たとき体を拘束されていた理由がよく分かったでしょ。」
と言われると、
「ありがとうございました。よくわかりました。」
と優しいフォティアとなって応えた。その後、この病院で目を覚ました時に会話した将校が再び現れフォティアに話をしに来た。
「時間はかかったがだいぶ正常に戻ったようだね。まだ、体力が無いのでもう少しリハビリをしていき元の体になったら退院していただきます。」
それを聞いたフォティアは、
「なぜ、敵である我々を助けるのですか?」
と問いかけると、将校は、
「それは、同じ人間で同じ民族だからです。これから話すことは、君のように捕虜になったスコタディ国の軍人皆にしてきた内容です。
いいですか。ずいぶん昔の話ですが、我々とあなた達の国は元は一つの国で同じ民族だったのです。しかし、あるとき一部の反政府を名乗る反乱者たちが武力で一部の街を占拠しました。すべてはそこから始まったのです。反乱者達は占拠した街を拠点とし徐々に領土を広げていきました。計画的に武器や弾薬を大量に他国から密輸し、更に君の体にも使われた非合法薬物で肉体を改造し凶暴化した反政府軍を作っていったのです。この薬物自体は医療行為で薄めて僅かに使う以外はどこの国でも使用禁止されているものですが、反政府軍は軍人の食事の中に密かにその薬物を大量に混ぜて服用させていたのです。その効果は異常なくらいの体力と筋力そして若さが得られるが、それとは引き換えに一旦感情が高ぶると自我のコントロールが出来なくなるほど凶暴化します。そして同時に寿命も縮まるのです。我が国の調査では当時の薬物の純度は現在と比較しても高くさらに多量に使用していたと記録が残っています。そのため反政府軍の中には若くして亡くなる軍人が少なからずいたようです。現在は薄めて使用しているようですが、それでもあなたが身をもって経験したように薬物の服用を止めるととても辛い禁断症状が襲ってきます。反政府軍はこうした薬物も利用しながらさらに大きくなり、そして現在のスコタディ国として独立したのです。」
ここまで将校が話すと、フォティアは自分が軍隊の訓練生のとき、どうにも感情のコントロールができなかった時のことを思い出し納得した。しかし、そんな状況下でもフォティアは自分自身と戦い続け、アエラスじいちゃんから教えられた武術のおかげで精神を鍛え薬物による影響をも凌駕していったのである。将校は、
「ここまでの話は理解出来ましたか?」
と聞くと、フォティアは、
「はい、よくわかりました。」
と応えた。将校は続けて、
「このようにして始まった戦争ですが、これにはさらなる黒幕があるのも事実です。自分の手を汚さず、内戦させてフォース国を疲弊させようとする何者かがいるところまで我々は掴んでます。それが分かっているからこそ敵国の兵であってもあなたのように助けるのです。出来ればスコタディ国の王族や貴族と名乗る一部の心無いものからあなた達すべての国民を救えればと考えています。我々はあなたのように助かったスコタディ国の兵をたくさん治療し更生させてきました。そして、彼らはみなフォース国民として現在も暮らしています。何を隠そう私もその一人なのです。もうすぐあなたには退院していただきます。病院を出てからはしばらくは監視はされまが、フォース国の中を制限付きで自由に行動できます。自分の目で我々の国を見ていただき、その中でこのままこの国に残るかそれともあなたの生まれた国に戻るか決断してください。」
と言って話を終えた。フォティアは将校の話は理解したが混乱していた。自国の歴史の真実を知り、なんて酷い国に自分は生まれてきてしまったのだと自分の運命を恨んだ。と同時に母と妹のことが心配になっていた。