45.拘束

 銃弾に倒れ意識を失ったフォティアは、目を覚ますとベッドの上だった。

「俺は助かったのか?!どこなんだここは?」

と、フォティアは声に出した。そして起き上がろうとしたが、力を入れた途端胸に激痛が走ったと同時に両手両足が自由に動かせないのに気が付いた。よく見るとベッドの端に付けられた拘束具で手足の自由が奪われていたのである。唯一自由に動かせる首で周りを見渡すと病院のようだった。しばらくして医者と軍人が現れた。

「気がついたようだね。」

フォティアの横に軍人が近づき話しかけてきた。その軍人はフォティアたちが侵入した基地の将校だという。フォティアは、

「なぜ助けるんだ!いっそ殺せばよいではないか!一旦活かしておいて拷問するつもりだろ!知っているんだぞ、お前たちフォース国の軍人は捕虜に酷い拷問をして最後に殺すことを。」

といつも冷静なフォティアもこの時ばかりは嫌悪感をもって言うと、将校はそれに対して全く動じることもなく落ち着いて、

「私達はそのような野蛮なことはしません。君たちスコタディ国の軍人は洗脳による印象操作で私達の国のことを悪く思わせているだけなのです。君と潜入して同じ様に負傷した兵士も今別の部屋で治療しています。君が一番重症だがね。」

と言うとフォティアは、

「ならば、なぜ縛るんだ!」

と返した。将校は、

「それは直にわかります。しばらくの間はその状態でいてもらいますので我慢して下さい。」

と言うと、横にいた軍医がフォティアの腕から薬を注入した。その後、フォティアは眠ってしまった。次に目が覚めると看護婦らしき女性がフォティアの胸の傷口を覆っている布を交換していた。看護婦はフォティアが目を覚ましたのに気がつくと、

「あなた、助かって良かったわね。私達の軍隊も軍隊よね。もう少し手加減してくれればいいのに、弾の当たったところが悪かったわね。」

と話すとフォティアは、

「我々の負傷した仲間はどうなったんだ?」

と聞き返すと、看護婦は、

「聞いてるでしょ。あなた以外は足に弾が当たっただけで動けないけど元気よ。でも、あなたと同じ様にまだベッドで拘束状態よ。」

フォティアは将校の言うことを信じていなかったため確認した。フォティアは続けて、

「なぜ体を縛り付けるんだ。どうせこの怪我じゃ動けないし、いっそ牢屋に入れるだけでいいだろ。」

と言うと、看護婦は、

「そうね、でもそれだと危険だからこうしているのよ。そのうち分かるわ。」

と言って病室を出ていった。日が経つにつれフォティアの胸の傷は少しずつよくなっていったがそれとは逆に精神的におかしくなりだしたのだ。体が異常なほどに発汗し暴れはじめると思いきや次にとてつもない倦怠感が襲うのである。そうなのだ、薬物により強化された軍人の体から薬の影響がなくなると禁断症状が現れるのである。そのうち疲れて眠ってしまうが、起きると再び同じ状況に陥る。体を縛り付けるのはそれが理由なのだが、酷くなってくると舌を噛み切らないように猿ぐつわが付けられる。しかし、それを過ぎると再び酷い倦怠感と鬱状態が出始める。自由にしておけば自殺も厭わないほどにだ。麻酔で眠らせたままにすればよいのだが、それは治療期間を長引かせるのと麻酔の乱用で亡くなるものも過去に経験したためこのようなやり方になっていったのである。フォース国ではスコタディ国の軍人が薬物摂取により体を強化していることを知っているため今までにも捕虜にした軍人をすべてこうして更生させてきたのだ。従って、医師や看護婦達はスコダティ国軍人の薬物による症状を熟知しているのである。そして、そろそろ禁断症状が最も酷くなる頃と分かると特別な病室に移される。ベッドは床から動かないように完全に固定し部屋は鉄格子で締め切られる。フォティアは大声で喚き続けた。しかし、この病室は完全防音されているため外に声がもれることはない。この状態はしばらく続いた。あれだけ筋肉質であったフォティアは廃人のように一気に痩せ細り顔色も青白い状態へと変化していった。ここまで来ると暴れることも大声を出すこともないため再び一般病室に移され治療を再開するのである。治療といってもただ栄養剤を体に注入するだけで完全に薬物が抜けきるのを待つだけである。

 ある夜、明かりのない病室でフォティアは一人朦朧とした意識の中で窓越しから見える星を眺めていた。暗い室内から見る夜空には満点の星々が輝いていた。何も考えられず気力もなく、ただただ夜空の星を見つめるだけだった。そのとき、

「フォティア」

と、小さく声がした。フォティアはその声が聞こえても頭に入ってこなかった。しかし、何となく懐かしく感じはじめるとフォティアのそばに母が立っているのが見えた。フォティアは無意識に、

「母さん。」

と、かすれるように小さく声に出した。母は、

「フォティア、辛くても諦めないで生き続けなさい。」

とだけ言って消えていった。翌朝、フォティアは昨晩のことを何となく思い出していた。

「母さん、どうしているんだろう...」

と、昨晩のことを完全に夢の中の出来事だと思って考えていた。