41.帰郷

 フォティアは帰郷のため故郷の村へと向かっている最中だった。

 訓練生を卒業後すぐに正規部隊の軍人となったフォティアは、しばらく戦場の後方支援など間接的な部隊に配属されていたが、徐々に戦場へと駆り出されるようになっていった。そして、実戦経験を積み重ねていくにつれ作戦によっては遠くの戦場へ派遣されることも度々あり多くの死線を潜り抜けながらも目まぐるしい日々を送っていたのだ。そんな毎日を繰り返いている中、初めて軍部から短期間の休暇が許されたのだ。しばらく会っていない母と妹のことが心配で帰郷するための休暇申請がようやく通ったのだ。それは入隊して以来初めての帰郷であった。しかし、フォティアは帰郷途中立ち寄るところがあった。当時、入隊するため初めて軍訓練施設に向かっていく途中の村で偶然出会ったフィリオスの所だった。フォティアが子供の頃、アエラスじいちゃんの農園で取っ組み合いになったあのフィリオスである。

 フォティアは、フィリオスの村に向かって歩きながら、

「フィリオス、俺のこと覚えているかな!?」

と呟きながらも、フィリオスとの楽しい会話に弾んだ夜のことを思い出していた。そして軍部を出て数日後フィリオスの家にたどり着いた。フォティアは、早速出入り口の呼び鈴を鳴らしてみたが返事がなかった。フォティアは、

「留守か!?」

と呟き、仕方なく持ってきたお土産にメモを添えて家の入り口近くに置いて立ち去ろうとした。フォティアは、訓練中に読み書きの教育も受けてきたため字を書くことができるようになっていたのだ。しかし、フィリオスが読めるかは疑問であったが、それでも誰か読めるものが村にはいるだろうと楽観的に考えていた。しかし、そのとき後ろから、

「どちら様ですか?」

と声をかけられた。それは女だった。フォティアは思わず、

「あ、家間違えたか?!」

と声に出すと、その女の後ろから男が現れた。男はフォティアを少し怪しげにじっと見つめていたが、フォティアはすぐにそれがフィリオスだと分かった。フォティアは、

「フィリオス!」

と言うと、その男はしばらくしてから突然、

「お前!...もしかしてフォティアか!」

と大声で叫んだ。フォティアは、

「思い出したか!元気だったかフィリオス!いま休暇をもらって軍から一時帰郷する途中なんだ。俺、どうしてもお前にお礼がしたくてな!」

と言って、持ってきた沢山のお土産を渡した。一緒にいた女性はフィリオスの新妻で、二人はまだ新婚だった。フォティアはフィリオスから妻を紹介されたのち家の中に招かれた。フィリオスは今夫婦二人だけで暮らしており、弟は気を利かせて近くの農家に住み込みで働いていることを聞かされた。フィリオスは、

「それにしても本当に見違えたぞ、フォティア!お前が最初にここに来た時は痩せてて身長も低かったもんな!立派な軍人になれて良かったな!」

と言うと、フォティアは、

「お前こそ、かわいいお嫁さんもらって!おめでとう!」

と返すと、フィリオスは少し照れながら、

「でも、フォティア、お前、外見は当然だけど、ずいぶん雰囲気が変わった気がするな。俺たちの農作物を徴収する横柄で高圧的な軍人たちとは全く違って、むしろその真逆って感じだ。何か落ち着きがあるというか、余裕があるというか。こころが澄んでいるような。そんな感じだ!」

と言うと、フォティアは、

「そうか?俺は俺だよ。確かに軍の訓練での経験は自分にとって大切なことを気づかされたし、いろいろ死闘を繰り返して多くを学んだがな。根本的には変わっていないさ。」

と返した。しかし、フィリオスのその感覚は正しかった。それだけフォティアが会得したこと知ったことは人として生きる上でとても大切なことであり、自分でも気が付かないうちに人間性を大きく進化させていたのだから。
 二人はしばらく会話した後フィリオスがまたここに泊まるように勧めてきた。しかし、フォティアは休暇期間が短くあまり余裕がないことを話して断った。もちろん時間があったとしても新婚の家に宿泊すような失礼なことをするつもりはなかった。フォティアはフィリオスにまた会う約束をして再び自分の村へと向かっていった。幸せそうな友との束の間の再会はフォティアに何か安心感と幸福感を与えてくれた。

 翌日の昼下がり、母と妹のいる懐かしい家の前に到着した。フォティアが子供の頃植えた庭の木々も大きく育ち、それが程よく家への直射日光を和らげ木陰を作っていた。柔らかい風が木々を優しく揺らし木陰が揺らいでいた。とても穏やかだった。フォティアは、

「ここに帰ると、何かホッとするな。家もずいぶん修繕したみたいだな。」

と言って、家の周りを見渡していた。フォティアが修理した継ぎ接ぎの小屋が、綺麗に治されて少し建て増しもされていたのだ。これはフォティアが家族に仕送りをした報酬のおかげであった。
 フォティアは庭の隅の畑で作業しているネロウに目が行くと、ネロウも人影に気付き、

「どちら様ですか?」

と尋ねてきた。フォティアは、

「ネロウ!兄ちゃんだよ!」

と言うと、しばらくネロウはフォティアをじっと見つめていた。ネロウは、

「え!...お兄ちゃん!」

と言って少し警戒しながら近づき、フォティアと分かると抱きついて喜んでいた。ネロウは嬉しくて母のいる家の中に駆けていき、

「お母さん!お兄ちゃん帰ってきたよ!」

と大声で飛び込んでいった。そして、フォティアは母のもとに向かうと、母は、

「フォティアなのかい?」

と少し警戒しながらも言った。見違えるほど立派な体格と身なりに母は少し驚いていたのである。

「本当にフォティアなのかい。立派になって母さん分からなかったよ。」

と言って、ベッドで休んでいた母は起き上がった。そして、フォティアが母に近づき目を合わすと、突然、母親が怯えて震えはじめた。フォティアは、

「母さん、大丈夫!まだ体調良くないの!」

と言うと、母は、

「フォティア。悪いけど、その目で母さんを見つめないでおくれ。怖いの。」

と震えた声で言ったのだ。