40.憎悪

 そんなフォティアが上級生格闘トーナメントでは一番になるであろうと訓練生の間ではそれとなく言われていた。その上級訓練生は総勢五十名ほどになり、それは全訓練生の数パーセント程度にあたる。ここまでに至るには多くのハードルを超えてこなければ辿り着くことは出来ないのだ。でなければいつまでも訓練生から卒業できず正規軍には配属されないのである。高い報酬目当てに多くのものが訓練生として入隊するのだが、過酷な訓練はそのほとんどの者たちを挫折へと追いやり訓練をリタイヤするのである。しかし、フォティアはここまでに至った。それも人としてとても大切なことに気づかされ、そしてそこから高い精神性を身に着けて。フォティアは自分の中で己と戦い続け、その葛藤の後、目覚めることが出来たのだ。

 そして上級訓練生最後の格闘トーナメントは開始された。トーナメントは二グループに分かれて行われていった。フォティアの格闘技は見ているものたちを引き付けるほど綺麗で鮮やかだった。動きの柔らかさやスピードもさることながら、どんな相手の攻撃にも順応し自由自在に捌き動きを封殺するまでの一連の動作は見事と言う他言葉がなかった。すべての攻撃を軽くいなし、相手の制御を奪ったかと思うと瞬時に接近し、身動き出来ない状態に追い込み負けを認めさせるのである。フォティアと勝負した訓練生たちは皆その技を不思議に感じていた。フォティアに向かって攻撃を放っても全く逆らえず、また力も入らず動けなくさせられてしまうからだ。それは、他の訓練生たちの格闘がお互いの体をぶつけ合い相手に大きなダメージを与えて勝敗を決するのとは全く対照的だった。訓練生の中でも人の意識や氣に敏感な者は、フォティアと相対すると、その段階ですでに負けを認めるものもいた。まるで戦う前からフォティアの手の内にいるかのような錯覚に陥り攻撃できないのである。すべての動きを見透かされているような感覚に陥るのだ。しかし、そこには決して威圧感や闘争心といったものは一切感じないのである。
 こうして二つのグループのトーナメントは進み、それぞれのグループの勝者による決勝が行われようとしていた。案の定、一方のグループはフォティアが勝ち残り、もう一方のグループはフォティアが最も嫌いだったエダフォスだった。フォティアは、エダフォスが相手だと知ると、

「なんで、こいつが!?」

と、疑問に思っていた。エダフォスははじめから本気で戦う気はなく八百長をしてここまで上がってきたのだった。出来レースである。エダフォスは決勝を前にしてフォティアに近づいてきた。そして小声で、

「フォティア、俺に勝ちを譲れば親父に頼んでお前を楽な部隊に配属してやる。どうだ、いい話だろ。」

と交渉してきたのだ。エダフォスはこうした取引を対戦相手と行い続け決勝にきたのだ。フォティアは無視していた。エダフォスは勝手に交渉成立したと思い安心して決勝に望んだのである。決勝が始まると、フォティアは開始直後わざとやられていた。エダフォスも調子に乗ってこころの中で、

「いいぞ、フォティア!お前も所詮そういう人間なんだ!お前がわざと負けようが親父に話すわけないだろ!馬鹿め!逆にきつい部隊に飛ばしてやる!」

と思っていた。フォティアはわざと負けようとしていたわけではなかった。エダフォスを抑え込むのは容易いことだとは戦う前から分かっていたが、なぜか簡単に勝負をつけてしまっては真面目に試合をしてきた訓練生に対して申し訳ない気がしてやられるふりをしていただけなのだ。そして、ある程度傷を残し、そろそろというところで反撃に入った。一瞬でフォティアはエダフォスの背後に回り動けないようにし降参させようと首を軽く締めたつもりであったが、

「しまった、失神させてしまった!」

と想定外の出来事に思わず声に出した。エダフォスは生半可な訓練しかしてこなかったため見た目ほど頑丈な体ではなかったのだ。フォティアは一般の訓練生並みに技を繰り出したが、それでも決してきつく締めつけたつもりは無かった。今のフォティアにとってエダフォスは特別敵視する存在でもなく悪意や憎しみと言った感情は全く無く戦った結果なのだ。フォティアは、

「まあいいか、こいつならじいちゃんもきっと許してくれるだろう。自業自得だな!」

と心の中で呟いた。フォティアの訓練生最後の格闘はこうしてあっけなく終わった。その後エダフォスが目を覚ましたときはすでに夜になっていた。エダフォスは意識が戻り決勝でフォティアに負けたことを思い出すと、

「くそ!覚えてろフォティア!裏切りやがって!」

と叫んでいた。エダフォスのフォティアに対する恨みはさらに増し、その憎悪はエダフォスのこころの闇をさらに大きくしたのだった。