Vol.61:二章-4

「……εイプシロンは殺していない。そもそもあの速度で突き飛ばされた程度で、人間がこんな潰れ方をするものか!」
 吐き気をこらえるようにしながら、エメレオが反論する。
「――人間は感情の生き物だ
「っ!」
「おまえが言ったんだ! そのアンドロイドは殺人を犯した! 世論は現場を見ていない! あっても出せないだろうな、こんな証拠の衝撃映像なんて! だったら、恐れる人間が多ければ、おまえの味方はどこにもいなくなる!」
 勝ち誇ったように目をぎらぎらとさせ、青ざめた顔で男が叫ぶ。
「――、」
 εは絶句した。
 自分のせいで。自分のせいで、博士が。
「う、そだ」
 小さな声が背後から上がった。ωオメガだった。

「εが、そんなことするわけない。僕らがどんなにしょうもないことをやったって、率先して技師たちに謝ったり、僕たちを叱りつけたりして、リーダーをやってくれてたんだ。……それをおまえが、おまえたちが!」
「ひぃっ!」
「「ω!」」
 前に飛び出し、ωが男に掴みかかろうとするのを、慌ててγガンマφファイが止める。
「生み出すだけ生み出して! 好き勝手に利用して! 都合が悪くなるとどうとでも言い訳をつけて! そうして僕たちを捨てて廃棄処分スクラップか!」
 ωの叫びがホールに響いた。
「あんまりだ……! それなら、僕たちは何のために生まれてきた! 人間が求めるならと、だから僕たちは……!」
 人間が助けて欲しいと言うから。そのために生み出されたから。技師たちがありがとうと言ってくれたから。訓練が終わるたびに、頼もしいなと笑ってくれたから。だからオーギルの空でも、あの巨大機兵を相手に逃げずに戦えたのだ。信をかけてくれた彼らが、後ろにいたから。博士の言ったことは、なにひとつ、間違いなどではない。
 
「――そこまでだ、木偶人形ども」
 
 突然、ホールに別の男の声がした。
「!? がっ――」
 振り向きかけたεは、突然がくんと体が力を無くしたことに気づいた。後ろにいた三機も同じように崩れ落ち、床の上に倒れていく。
 視界の端に見えたのは、何かを手にした別の男だった。
(あれは――リモートキー……!?)
 施設に保管されていたものを、どうやってか取り出してきたらしい。管理していた監視員も無事ではないのかもしれない。
(なら、この体の状態は……!)
「おまえ、たち……強制停止、信号を…………!」
「ほう、まだ喋れるのか。まぁ、そのうちシステムもダウンするだろう。――こいつらのエンジンは廃棄処分の決定後はいい電池になるからな。残りの奴らの回収は終わったか?」
 は、と、複数人の声がした。
「全て、ドロイドリード社が回してくれたトラックに。施設のものも搬出システムを利用して全て裏で積み込みました。残りの分はこちらにいる五機……いや、四機だけですか。数がひとつ足りませんね。我々で搬出することになりましたから、あとで探しましょう」
「……なるほど。最初からこれで僕を頷かせるつもりで、こんな茶番を用意したというわけだ。……僕の立場を悪くすれば、僕が保身で言うことを聞くと思ったな」
 エメレオが低く声を落とした。
「――なら、この言いがかりはなくそうか。過剰防衛、ね……死者が一人出れば過剰ではなくなるかな?」
「は?」
 男が怪訝そうに眉を潜める。何を言っているのか分からないという顔だ。
 だが、εは見ていた。エメレオが右腕を触り、服の上から何かを外す仕草をすると、手の中に小さな携帯用の注射チューブが落ちてきたのだ。
(あれは――! あの、薬剤は――!)
「どのみちあといくばくもなかった命だ。ここで使おう。僕の神の気も知らずに好き勝手する奴らに、ほとほと嫌気が差した」
 
「何を――おい、何を!」
 
「――おまえたちの思い通りになど、何ひとつならないと知ればいい!」
 
 焦る男が駆け寄るよりも先に。
 エメレオはチューブを握りしめ、自分の足へ勢いよく振り下ろした。
 
 ――だが。
 
 チューブの針がエメレオを貫くよりも先に、轟音と凄まじい揺れが施設を襲った。