『――MOTHERへの絶対命令、ですか? 賛同しかねます。第一、意味がありません、と私からは申し上げます。政府直属機関からわざわざご足労いただいたのに、申し訳ございませんが……』
『政府からの指示であっても、頷かないということか?』
『しかるべき筋から下るならば頷きましょう。だが、大統領が指示を出したとは思えない。大方長官の誰かからの差し金だろうが、あなた方からの命令は大統領令ではない、それが全てです』
では、彼らには指令書がないということだ。今の正当性は博士にある。しかし、相手はいざとなれば力ずくで意思を通す可能性が高い。
(あと少しだ――!)
間に合ってくれ。願いながら、四機は施設五階の手すりを飛び越え、吹き抜けホールから下に向かって飛び降りた。これは落下だ。飛行ではない、と誰にともなく言い訳しながら。
『統帥からの命令であると証明できない限りは、戦時の軍律により聞き入れるわけには参りません。試用機体たちの人格傾向と想定戦績データ。それがブラックボックスによってマスキングされた中身であるならば、実績との関連を知ったところで、今までの過程と結果が全てだ。三年間、人間が正しく接すれば問題を起こさず、私の護衛任務も見事に遂行した。だからこそ追加の緊急承認が降り、続くオーギルの空戦でも使用には何ら問題がなかった。それならば全機が〝使える〟という判断が適当です。十日程度の期間の違いで揺らぐものではない。揺らぐとしたら、あなた方の対応の問題だ』
『……何?』
『アンドロイドに高度な知能を持たせたからといって、それが直接、あなたがたが暗に恐れる暴走を招くのではない。人間は魂と感情の生き物だ。それをモデルに生まれた彼らとて、不当と感じる扱いを受ければ怒り戦う選択肢を取り得る』
『それは、安全規定に照らすまでもなく、人間への叛逆の可能性を認めたということか?』
『施設の技師たちの友愛と敬愛を受けたからこそ、彼らは恩と愛着のために戦場へ向かってくれたのだという義を見落としている。あなたたちの主張はどこまでも疑心と恐怖でしかない』
『――』
まずい。向こうの空気が張り詰めたのを感じた。
(あと、十メートル!)
「ならば――その義のために、彼らは犠牲になるのだろうな!」
「!?」
現場に駆けつけたεは、振りかざされた相手の男の腕を見た。人間の手ではない。義肢。そこから伸びた隠し刃が、エメレオに向かって振り下ろされようとした。遠巻きに見ていた人間たちから悲鳴が上がる。
「博士!」
地を蹴って手を伸ばした。エメレオがはっと振り向いた。
「だめだ、ε! 止まれ!」
εは相手に体当たりをした。
人間相手だ、手加減をしている。突き飛ばされた男は少し飛び、壁にぶつかった。
だが。
パンッ、と破裂音がした。
「…………え?」
一瞬で壁いっぱいに広がった鮮血に、εは呆然とした。
それは、人体が叩きつけられてひしゃげたというよりも、内側からの破裂に近い様相だった。噎せるような血の匂い。白い施設の壁を滴り落ちた大量の血液に、その場にいた人間は誰もが蒼白になった。後ろにいた三機のアンドロイドも、予想外の結果に声を失った。
誰か、女性が悲鳴を上げた。見てはいけない、と男性職員が咄嗟に彼女の視界を遮っている。
「――み、見ろ」
上がった声に、弾かれたようにεは声の主を見た。別の制服の男が、震える手でεを指さして、恐怖に引きつれた、いびつな笑みを浮かべた。
「ほら見ろ。……あ、アンドロイドが、人間を殺した! 戦力過剰防衛だ。気に入らないから殺して黙らせたんだ!」
「!? ち、違う」
εは反論しようとした。
明らかに不自然だった。内部に爆薬でも仕組まれていないと説明できない死に方をした。εは、人間にだって出せる力で相手を突き飛ばしたのだ。間違いない。
「違う、僕は、僕は殺してない……!」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない!」
『……何?』
『アンドロイドに高度な知能を持たせたからといって、それが直接、あなたがたが暗に恐れる暴走を招くのではない。人間は魂と感情の生き物だ。それをモデルに生まれた彼らとて、不当と感じる扱いを受ければ怒り戦う選択肢を取り得る』
『それは、安全規定に照らすまでもなく、人間への叛逆の可能性を認めたということか?』
『施設の技師たちの友愛と敬愛を受けたからこそ、彼らは恩と愛着のために戦場へ向かってくれたのだという義を見落としている。あなたたちの主張はどこまでも疑心と恐怖でしかない』
『――』
まずい。向こうの空気が張り詰めたのを感じた。
(あと、十メートル!)
「ならば――その義のために、彼らは犠牲になるのだろうな!」
「!?」
現場に駆けつけたεは、振りかざされた相手の男の腕を見た。人間の手ではない。義肢。そこから伸びた隠し刃が、エメレオに向かって振り下ろされようとした。遠巻きに見ていた人間たちから悲鳴が上がる。
「博士!」
地を蹴って手を伸ばした。エメレオがはっと振り向いた。
「だめだ、ε! 止まれ!」
εは相手に体当たりをした。
人間相手だ、手加減をしている。突き飛ばされた男は少し飛び、壁にぶつかった。
だが。
パンッ、と破裂音がした。
「…………え?」
一瞬で壁いっぱいに広がった鮮血に、εは呆然とした。
それは、人体が叩きつけられてひしゃげたというよりも、内側からの破裂に近い様相だった。噎せるような血の匂い。白い施設の壁を滴り落ちた大量の血液に、その場にいた人間は誰もが蒼白になった。後ろにいた三機のアンドロイドも、予想外の結果に声を失った。
誰か、女性が悲鳴を上げた。見てはいけない、と男性職員が咄嗟に彼女の視界を遮っている。
「――み、見ろ」
上がった声に、弾かれたようにεは声の主を見た。別の制服の男が、震える手でεを指さして、恐怖に引きつれた、いびつな笑みを浮かべた。
「ほら見ろ。……あ、アンドロイドが、人間を殺した! 戦力過剰防衛だ。気に入らないから殺して黙らせたんだ!」
「!? ち、違う」
εは反論しようとした。
明らかに不自然だった。内部に爆薬でも仕組まれていないと説明できない死に方をした。εは、人間にだって出せる力で相手を突き飛ばしたのだ。間違いない。
「違う、僕は、僕は殺してない……!」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃない!」