格闘訓練初日でいきなり指導官を動けなくしたフォティアは、そこまで術がかかるとは考えてはいなかった。忠実にアエラスじいちゃんの稽古通りの初動を行っただけに過ぎなかったからだ。本来であればその後攻撃に転じ相手を仕留める寸前で止めるか、抑え込んだり投げ飛ばすところが、その前で手を引いたのである。そのときのフォティアにはまだ謙虚さがあった。
そんな出来事から始まった訓練はその後、格闘指導官のもと敵と格闘する場合の攻撃方法やその攻撃に対する防御の仕方とあらゆる体の使い方や人間のウィークポイントなど、格闘に必要な様々なことを教わっていった。しかし、フォティアは指導官の説明や体のこなし方に疑問を抱いていた。
「じいちゃんから教わったのと、ずいぶん違うな。」
指導官の教える格闘技には確かにそれなりの説得力はある。しかし、そこには無駄がありすべてが筋肉に頼りすぎていることにフォティアは気が付いていたのだ。腕力や脚力だけに頼った攻撃や移動、相手の攻撃をぶつかりながらの防御などはフォティアにとって違和感があるのだ。フォティアは、アエラスじいちゃんから人間の骨格の動きや各筋肉の使い方までこと細かく実践を兼ねて教えられていたため、指導官の動きを見ただけでどのように体を使っているのかよく分かるのである。
フォティアは、指導官のその説明にじいちゃんの教えに従った体のこなしを加えていった。その動きのフォルムはだれが見ても何かが違うことは明らかに分かる。それは後の実践訓練でフォティアから攻撃を受けたとき、全く異質なものであることをさらに思い知らされるのだ。しかし、受けた側は何が違うか分からない。指導官の指導する方法に固執した動きに囚われていては見えないのである。フォティアの行う捌きを交えた防御の感覚はぶつかった感覚はなく柔らかくそしてバランスを崩される。また、フォティアから攻撃で一撃受けたものはその重みが体の真まで伝わりそのダメージは上級訓練生すら凌駕するほどである。フォティアは訓練生として素直に指導官の説明に従ったが、体内部の細かい動きはアエラスじいちゃんの武術の教えに従って訓練していったのだ。
訓練は徐々に実践的になり防具を付け本格的に訓練生同士での格闘も行うようになり、フォティアはしばらくは負けず知らずであった。
「他の訓練生は動きが遅い。一瞬で相手の急所に攻撃できてしまう。おもしろいように相手も崩れてくれるし。軍の訓練はそれ程でもないな。」
とフォティアは得意になっていた。しかし、何日も何日も訓練が進み訓練も中盤になったころフォティアは格闘相手に手こずり始めるのである。ときには相手から攻撃を受けたり抑え込まれてしまうこともあった。体はぶつかり始め、体中所々打撲だらけになり、また今までに経験のない箇所の筋肉痛の毎日が続いた。もちろん、他の訓練生も格闘訓練を続けていくことで当然腕を上げていくためでもあるが、本質的にはそうではなかった。フォティアはアエラスじいちゃんからこんなことを言われたことを思い出した。
「お前はいつもわしとしか稽古しておらんから分からんじゃろうが、もしお前が他のものと稽古をすれば、うまく技がかからなくなり不調になるときがくるじゃろう。それが来た時、自分をよく見つめ直しなさい。何が間違っているのか。」
であった。それを言われたときのフォティアは、それがどういうことなのか分からなかった。しかし、格闘訓練でじいちゃん以外の人間と訓練しまさしくその状況に陥ったのである。フォティアはじいちゃんに言われた通り考え続けた。
「俺は他の訓練生とは違うんだ。じいちゃんの稽古で鍛えてきたから誰にも負けやしないはずだ。なぜ、相手の攻撃を崩せないのだ。なぜ、自分の攻撃を防御されてしまうのだ。なぜ...。」
と。確かにフォティアの格闘技は訓練生の中でも吐出していたが、訓練が始まった頃に比べ技に切れがないし無駄が出てきていた。あの柔らかく美しいフォティアの当初の動きを見たものであれば誰でもがその動きの差は見て取れる。フォティアは昔よりも格段に筋力をつけたことで力に頼った技になってしまい問題点をさらに分からなくしていたのだ。アエラスじいちゃんの稽古で繊細に練られた体を、軍の訓練と食事で肥大化した肉体は一種の鎧のようになり、それを覆ってしまったのである。フォティアは完全にスランプに落ち、それは何日も続いた。全く分からなかったフォティアはあるとき集中して自分の体の動きを観察しながら何度も何度も格闘訓練を続けた。そして分かったことがあった。
「力の入り方がどれもじいちゃんの稽古のときと違う筋肉が反応してしまう。」
フォティアは徐々に自分の体のこなし方を修正しようともがくが変わらない。
「どうしてだ!くそ!」
フォティアはさらに苛立ち、力技がより目立ち始めた。