ほんのりと辺りが明るくなりだした早朝、突然耳障りなベルの音でフォティアは目が覚めた。とても深く眠っていたところをいきなり起こされたため一瞬自分が何処にいるのか分からず慌てたフォティアは、
「あ!そうだ、俺、入隊したんだ。」
と言いながらも、急いで支給された訓練服に着替え始めた。そのうち棍棒を持った指導官が部屋に入ってくるなり、
「ぐずぐずするな!起きたらすぐ着替えて廊下に整列しろ!」
と怒鳴っていた。もたついている訓練生の中には尻を棍棒で叩かれながらも急いで廊下に整列し、その後全員走って野外に出た。途中廊下では、
「新入りども、早く外に出ろ!」
と指導官の大きな声が響いていた。フォティアたち訓練生が最後に外に出ると辺りは明るくり、広いグラウンドには沢山の訓練生が等間隔に並んでいた。その様子をフォティアは走りながら見ていた。一番遠くの列は人数は少ないが体が大きく徐々にフォティア達が並ぶ側の列にいくに従って体は小さく人数が多かった。
「きっと一番奥がもうすぐ訓練が終わる上級生だな。」
と、フォティアは走りながら呟いていた。全員整列すると軽く体操した後、グラウンドをひたすら走らされた。グラウンドの所々には指導官が立っており遅れるものには速く走れと煽り立てられる。それが終わると体に重いウェイトを付けてさらに走らされた。上級者に限っては体に実戦用の重装備を身に着けて行う。走り終わると次はひたすら筋肉トレーニングを行い、最後に再び走らされ早朝の準備運動は終わり朝食となる。毎日こうして一日が始まるのだ。
そんなある訓練後の朝食でフォティアと同時期に入隊した青年が食事の席で話しかけてきた。
「お前走るの速いな!あんなに重いウェイト付けられたのに!」
と言われフォティアは、
「ずいぶん前に走り方を教わったことがあって...」
と話しはじめると、指導官が、
「そこ!喋ってないでとっとと済ませろ!」
と叱られてしまった。フォティアはアエラスじいちゃんに走ったり歩いたりする場合の体の使い方について教わっていた。それは武術を使う上での身のこなし方に必要な要素も含まれていることを言われていたのだ。じいちゃんは、
「フォティア、ええか走ったり歩いたりするときの方法にはいろいろあるが、楽に速く移動したいのであれば、力を抜いて前に仙骨辺りから押されて少し崩れるように進みなさい。いつも言うように体は立たせ顔は起こしなさい。そして肩は上げぬようにし胸を軽く開くように。体はねじらず、腹、特に丹田から進むのじゃ、わかるか。無駄な力も極力無くすのじゃ。」
と教えられていた。フォティアは特に速く走ろうとは思わず、只、じいちゃんから教わってきた体のこなし方を毎回行っただけなのである。その甲斐もあってかフォティアは始めのうちは早朝訓練でそれほどの疲れもなく難なくこなせた。しかし、日が経つにつれ疲労は徐々に蓄積され、逆に早朝の動き始めが一番体にきつくなっていった。
短い朝食時間が終わると次は格闘技を教えられる。フォティアたち新入りは体が出来ていないためひたすら体力作りのトレーニングと攻撃の訓練だけを集中して何日も行わされた。武術稽古してきたフォティアにしてみればそれほど大した攻撃訓練ではなかったため、
「いつものじいちゃんの稽古に比べれば楽勝だな。」
と、思いながら行っていた。その後、武器を使用しての攻撃の仕方や銃や弾薬の使い方など初歩的なことを教えられていった。もちろん実弾などを使用するのはまだまだ先のことである。午後になると重装備を背負って建物に登らされたり、丘や森の中、沼の中など道なき道を移動させられた。訓練が進むと時々野営することもある。そして訓練基地に戻るとまた筋肉トレーキングをさせられ再び走らされるが、交代で訓練生同士背負ってのランニングになる。まだ入隊間もない訓練生はこうした訓練を行い基礎体力向上のみに徹するのである。これがしばらく続くと少しずつ脱落していくものが出始めていった。フォティアも午前の訓練はこなせたが、入隊間もない間はさすがに一日の特訓が終わると立っているのがやっとだった。訓練生は皆口をそろえて、
「やっと、終わった!」
と疲れ切った表情で言葉にしベッドに倒れ込んでいた。フォティアのように貧しい農村出身者はまともな食事をしてこなかったため体が出来ておらずスタミナもないためしばらくは苦しい状況が続いたのだ。しかし、フォティアは決して弱音を吐かず毎日最後まで訓練をやり遂げていった。そして一日が終わり夜就眠前の時間が唯一訓練生に与えられた僅かな自由時間となる。
こうした日々をしばらく続けていたあるとき、見かけない訓練生が数人フォティア達のベッド部屋に入ってきた。フォティアは先頭を歩いているやつがやけに体格がいいが同じ格好を見ると一応訓練生なのかなと思った。この部屋は手前と奥に出入り口がありこの二つの出入り口を結ぶ通路の左右に沢山のベッドが並んでいるが、この通路を訓練生一人一人を睨みつけるようにして通り抜けていくのである。